・当面とるべき救急医療対策について
                昭和五十一年七月十三日
                厚生大臣あて 救急医療懇談会会長

 救急医療問題の解決を図るためには第三章に述べた基本的方向に沿つ
た諸施策を総合的に実施することが必要であるが、「たらい廻し」をな
くすための方策に焦点をあわせて、以下に当面とるべき対策を提言す
る。

 国および地方公共団体においては、これらの施策の実施に早急に取り
組むとともに、財政面でも思い切つた措置を講ずべきである。

 この場合、国および地方公共団体の財政措置は救急医療に積極的に取
り組む医療施設等を評価し、その意欲をさらに高めるようなものでなけ
ればならない。

1 初期救急医療体制の整備
  前述のように、休日・夜間の救急患者数は膨大であるので、これら
 の患者を受けとめることができる初期救急医療体制を整備充実するこ
 とが極めて重要である。

  また、初期救急医療体制を整備することにより、一見軽症にみえる
 が将来重症に至るような患者を発見することにもつながり、患者やそ
 の家族に安心感を与えるのみでなく、第二次、第三次救急医療施設も
 その本来の機能を十分に発揮することができるようになる。

  そこで、従来から実施されてきている休日・夜間急患センターの整
 備および当番医制の普及と定着化を図る施策をさらに一層拡充強化す
 る必要がある。

   (1) 休日・夜間急患センターは、人口十万以上の市を対象に設置が図
    られているが、これを人口五万程度までを対象とするよう拡充すべ
    きである。

     また、その整備を進めるにあたつては、夜間における診療体制が
    確保できるように医師その他の医療従事者の増員を図るとともに、
    すべての休日・夜間急患センターが住民からの救急相談に応じ適切
    な助言、指導を行うテレホンサービスを実施するような措置を講じ
    る必要がある。
   (2) 当番医制については、その普及と定着化を図るとともに、特定診
    療科等の医師についてもいつでもオンコールできるような体制をと
    る等の措置を講じる必要がある。

2 広域的救急医療情報システムの整備

  真に緊急な処置を必要とする救急患者をその処置を行うのに最も適
 した救急医療施設に迅速に運ぶためには、広域的な救急医療情報シス
 テムを整備することが重要である。これは「たらい廻し」を防止する
 ために最も速効性のある対策であるとともに、既存の限られた医療資
 源を効率的に活用して救急医療を行うための方策でもある。

  このような救急医療情報システムが整備されれば、消防本部におい
 て患者を受け入れる医療施設をみつけるまでに電話照会回数が相当数
 にのぼつたり、実際に救急患者について多数の医療施設間の転送が行
 われるといつた「たらい廻し」の事例はほとんど解消できるものと考
 えられる。

  このため、新規施策としてコンピューターなどを使つた県域を対象
 とする広域的救急医療情報システムを早急に各都道府県ごとに整備す
 る必要がある。ここでは二十四時間体制をとるために十分なスタッフ
 を確保するとともに、搬送機関に対し患者の症状に応じた適切な指導
 助言を行うために医師を配置して、その機能を十分に発揮できるよう
 にする必要がある。

3 病院群による第二次救急医療の確保

  広域的な救急医療情報システムを完備しても、前述のように個々の
  第二次救急医療施設の休日・夜間における重症患者の受入れ体制が不
  十分な現状では「たらい廻し」を防止することができない場合がおこ
  る。

   そこで、限られた既存の医療資源を有効に活用するため、新たに先
  に述べた病院群の輪番制等による第二次救急医療体制を確保する対策
  を実施する必要がある。

   病院群の輪番制等については、人口、行政区域、交通事情等を考慮
  して各都道府県ごとに複数の広域救急医療圏域を設定し、各圏域それ
  ぞれの実情に応じて第三章において述べたいずれかの方法を早急に実
  施する方策を講じ、初期救急医療施設の後方病院としての第二次救急
  医療の確保を図る必要がある。

   この場合、地域の各病院が休日・夜間において第二次救急医療施設
  としての診療機能を有することが必要であるが、相当大きな病院であ
  つても救急医療を実施するのに必要な人および設備の体制が十分とは
  いえない現状であるので、第二次救急医療施設として必要な医師その
  他の医療従事者を確保し、さらに地域医師会、大学附属病院等の協力
  を得て産科や特定診療科の医師についても必要に応じて応援を求める
  ことができるような体制をとるとともに、施設設備の整備を進める必
  要がある。

   なお、これらの方法を実施するためには、都道府県および都道府県
  医師会が中心となつて、圏域内の医療施設が参加する協議会等の組織
  を設け、地域全体として救急医療に取り組む体制が不可欠であり、こ
  れを積極的に推進する措置を講じなければならない。

 4 救命救急センターの整備の推進

   「たらい廻し」が最も深刻な問題となるのは、前述したように重篤
  な患者を受け入れる施設がなく、患者の生命が失われるという事例で
  あり、初期、第二次の救急医療体制や救急医療情報システムの整備を
  進めるとともに、重篤な救急患者を確実に受け入れることのできる救
  命救急センターの整備を早急に、かつ計画的に進めなければならな
  い。少なくとも各都道府県ごとに一か所以上は必要であり、人口、地
  勢、交通事情等の諸条件によつては複数の設置が必要である。

   また、その施設設備、医療従事者についても、現在の国の措置は不
  十分であるので、センターが十分その機能を発揮できるよう必要な改
  善措置を講じるべきである。

   この場合、国、公立病院等でこれらの施設を設置し得る体制を有す
  るものや大学附属病院が積極的にこれに取り組むべきである。

   先に述べたように、大学附属病院については教育機能および研究機
  能がその主たる目的とされているが、救急医療部門の整備を図ること
  は教育面における救急医療の臨床実習の充実にもつながることであ
  り、また、大学附属病院は多数の医師を擁するなど様々な有利な条件
  を有するので積極的な協力を要請したい。

5 救急隊員の教育の充実

   消防機関による救急患者の搬送活動は現在相当の成果を上げている
  が、今後ともその充実を図るため、救急隊員の資質の向上に努めるべ
  きである。

   救急隊員については、所定の講習の終了者等一定の資格を有する者
  のうちから任命されることになつている。しかし、現状では救急隊員
  の教育訓練は十分でないので、当面、この内容の改善と充実を図り、
  救急隊員の資質の向上に努める必要がある。

6 救急医療教育の実施

   「たらい廻し」の解消にすぐ効果をあげることは期待できないが、
  救急医療の医学教育については、救急医療問題の根本的な解決には重
  要不可欠であり、すみやかに改善に着手する必要がある。

   前述のように、救急医療は、ごく初期の症状から将来の重大な疾病
  を予測しなければならないという困難さを有するものであるが、現在
  の医学教育においては、このような初期診断やプライマリー・ケアに
  ついての教育訓練が十分でなく、また、近年の医学の進歩や医療技術
  の向上に伴つて医師の専門分化が進み、多様な症状の救急患者にただ
  ちに適切に対応しなければならない救急医療を一層むずかしくしてい
  る。
   このように救急医療の問題は医学教育のあり方の根本にもさかのぼ
  るものであり、今後救急医療対策を進めるうえで救急医療に関する医
  学教育の充実を図ることは極めて基本的な事項である。

   したがつて、各医科大学(医学部)においては、救急医療の重要性
  について認識を深め、また救急医療に対処できるための基本的な教育
  を重視することおよび大学附属病院が救急医療に関する体制を整備拡
  充して臨床実習の充実を図ることを早急に検討したうえ、すみやかに
  実施に移すことを期待したい。

   なお、救急医療に従事する医師に対して従来から救急医療に関する
  研修が行われているが、当面、このような研修内容を充実強化して救
  急医療に従事する医師の知識、技術の向上を図ることが重要であり、
  特に現在社会的需要に対応するには極めて数が不十分な麻酔科等の研
  修には重点を置くべきである。

7 国民の理解と協力

  最後に、救急医療対策を円滑に進めるためには、救急医療に対する
 国民の理解と協力が是非とも必要であることを特に強調しておきた
 い。

  先に述べたように、救急患者は膨大な数にのぼるが、そのうち必ず
 しも緊急の処置を要しない患者もかなりあり、休日・夜間における患
 者の中には通常の診療時間内に処置を受けるべき者が少なくないな
 ど、患者側の救急医療施設の利用の仕方にも問題がある。

  救急患者を受け入れる医療施設側にとつて人や設備は限られている
 ので、各医療施設が医師や看護婦を待機させ、空床を確保してこれら
 の膨大な救急患者に対して完全な応需体制をとることは実際問題とし
 て困難である。

  また、救急患者の初期医療の困難さもくりかえし述べたとおりであ
 る。

  したがつて、救急医療の確保は単に医療関係者や関係行政機関の努
 力のみで達成しうるものではなく、これと併行して医療を受ける国民
 の側においても、一人一人が救急医療の本質的な困難さについての理
 解を深め、平素から自分の健康管理にみずから責任を持つ心構えや救
 急医療に関する知識を持ち、また救急医療施設の適正な利用に心がけ
 る等、救急医療についての正しい理解と積極的な協力がなくては決し
 て実現できない。

  このような救急医療に関する国民の理解と協力を求めるため、学枚
 あるいはPTA等社会教育関係団体の諸活動に期待するとともに、医
 療関係者や関係行政機関などが、成人病講座、三歳児検診等のあらゆ
 る機会をとらえて救急医療に関する知識の普及啓発を行い、また、テ
 レビ、映画あるいは出版物など様々な媒体を利用して救急医療に関す
 る広報活動を積極的に展開する必要がある。

  このように、医療関係者並びに国および地方公共団体による救急医
 療対策の推進と国民の理解と協力とが相まつてはじめて救急医療体制
 というものが確立されるものである。



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