・救急患者の救命率向上のために

    −DOA患者を中心に緊急に取り組むべき方策について−
                      平成 二年八月十三日
                      救急医療体制検討会小委員会
 救急医療体制検討会委員名簿             (五十音順)
 (座長)浅野 献一  JR東京総合病院長
   ○ 大塚 敏文  日本医科大学教授
   ○ 清野 誠一  信州大学教授
   ○ 小濱 啓次  川崎医科大学教授
     小宮 弘毅  神奈川県衛生部長
   ○ 竹中 浩治  社会福祉・医療事業団副理事長
   ○ 坪井 栄孝  日本医師会常任理事
   ○ 中谷 堪子  杏林大学社会科学部教授
     中山 耕作  日本病院会副会長
     西  法正  国立立川病院長
     平盛 勝彦  国立循環器病センター内科部長
     光安 一夫  日本歯科医師会常務理事
     南  裕子  聖路加看護大学教授
   ○ 柳田 邦男  評論家
   ○ 山越 芳男  日本消防設備安全センター理事長
            (元消防庁次長)
     吉村 秀實  日本放送協会解説委員
    (注) ○は小委員会のメンバー
 目 次
 1 はじめに
 2 搬送途上等の医療を充実させるための基本的方向
 (1) 基本的考え方
 (2) 医師の関与
 (3) 着護婦・士の活用
 (4) 救急隊員の技術の向上
 (5) 医療機関と消防機関その他関係行政機関の連携
 (6) 国民に対する応急手当の普及啓発
 (7) 科学技術の応用
 3 搬送途上等における現行医療の問題点
 (1) 救急医療に関わるマンパワー
 (2) 救急員の業務の範囲
 (3) 救急患者の搬送手段
 (4) 救急医療情報システム
 (5) 救急医療に関する認識
 4 搬送途上等の医療の充実のために緊急に取り組むべき方策
 (1) ドクターカー等の効果的活用
 (2) 救急医療に携わる医療関係者の確保
 (3) 救急隊員の行う応急手当の充実
 (4) 国民に対する応急手当の普及啓発
 5 おわりに


1 はじめに

 (1) 人口の高齢化、疾病構造の変化等により、虚血性心疾患、脳血管
   疾患などによる呼吸・循環不全に陥る患者数が増加している。ま
   た、近年、交通事故による死亡者数が再び増加傾向に転じ、昭和六
   十三年には一万人を超えたことから、「第二次交通戦争」と言われ
   ている。
    このような状況から、救命救急センター等の救急医療機関に搬送
   されるDOA(Dead On Arrival=来院時心肺停止
   状態)患者数は増加している。

 (2) 初期、二次、三次の救急医療体制の整備は概ね達成されたと考え
   られるが、救急現場・搬送途上(以下「搬送途上等」という。)の医
   療に医師、看護婦・士等医療関係者が関与することは少なく、救急
   隊員の実施する応急手当の範囲も限られていることから、搬送途上
   等の医療の確保は未だ十分とはいえない。

 (3) このため、DOA患者の救命率に改善がみられないことが報告さ
   れており、搬送途上等の医療を充実することは緊急の課題である。

 (4) 本委員会は、昨年九月に設けられた救急医療体制検討会の小委員
   会とLて、DOA患者の救命率の向上をねらいとする搬送途上等に
   おける医療の充実のための方策を検討するために設置され、平成二
   年六月に第一回の会合を開いて以来、四回にわたり集中的に検討を
   重ねてきたが、今般、緊急に取り組むべき方策について、検討結果
   を取りまとめたので報告する。

2 搬送途上等の医療を充実させるための基本的方向

 (1) 基本的考え方

    DOA患者の救命率を向上させるためには、以下のような考え方
  に基づき、近年の医学医術の発展、医療機器・器具の発達、情報伝
  送技術の進歩等を踏まえ、搬送途上等における医療の量的充足・質
  的向上を図つていく必要がある。

   搬送途上等における医療のより一層の適切かつ効果的な実施を図
  るためには、医師や看護婦・士が直接救急現場へ出動できるような
  システムの構築を図るとともに、医療機関、関係行政機関等がそれ
  ぞれ緊密に連携をとりつつ、医師の判断を直接救急現場に届けられ
  るようにするため、自動車電話又は携帯電話により直接交信するシ
  ステム(ホットライン)などを活用していく必要がある。

   また、これに併せて、救急隊員に相当程度の教育・訓練を行うこ
  とによりその能力の一層の向上を因り、質の高い救急業務を展開し
  ていく必要がある。

   しかしながら、応急処置の中には、看護婦・士でもその実施が技
  術的に難しいだけでなく、処置による二次的障害発生の危険性もあ
  り、また、各種の医学的判断をも要するなど、総合的な医学的知識
  及び技能が求められる高度なものがある。これらについては、基本
  的には医師をはじめとする法定の医療関係資格者が対応することが
  適当であることから、医師、看護婦・士の確保及び研修の充実を図
  るとともに、新たな身分制度の導入も検討に値する。

 (2) 医師の関与

   搬送途上等における医療を充実するためには、医師がそれに直接
  関与することが求められており、高度医療機器を搭載した救急車等
  に医師が同乗して出動し、救急医療として必要性の高い気管内挿
  管、輸液、除紳動等の高度の応急処置を提供できるような体制の整
  備を図ることが必要である。

 (3) 看護婦・士の活用

   搬送途上等において、医師の確保が困難な場合等には、医師の指
  示の下に看護婦・士の果たす役割は重要である。

   この場合、救急医療に関する相当の教育・訓練を受けた看護婦・
  士に、搬送途上等に医師の指示が的確に伝達されるようなシステム
  を通じて高度の応急処置を行うことができるようにすることが必要
  である。

 (4) 救急隊員の技術の向上

   現在、救急隊員については、人体に危害を及ぼさない程度の限ら
  れた応急手当ができるよう、教育・訓練(百三十五時間程度)が実
  施されているが、この応急手当の範囲を拡大するためには、現行の
  教育内容、教育時間数では不十分であるので、十分な救急業務経験
  に加え、相当程度の専門教育・訓練を行う必要がある。

 (5) 医療機関と消防機関その他関係行政機関の連携
   医師、看護婦・士、救急隊員等が、それぞれの役割の下に有機的
  連携を保ちながら、救急現場に短時間で到着し、できる限り早く適
  切な医療を提供し、患者の搬送時間も短縮していく努力が必要であ
  る。

   そのためには、医師等が同乗する救急車を消防機関だけでなく医
  療機関にも配置する、又は医師等を消防機関に配置するなど医療機
  関と消防機関が相互に連携をとりながら、効果的な体制を整備する
  必要がある。

   また、へき地・離島及び交通事情等により搬送時間の長い地域の
  場合は、消防機関等との連携の下に医療用救急ヘリコプターの活用
  を積極的に図る必要がある。

 (6) 国民に対する応急手当の普及啓発
   心臓が停止した人の命を救うには心臓停止後三〜四分以内に心臓
  マッサージ等の応急手当を行うことが効果的であるが、救急通報が
  あつてから救急車が現場に到着するには平均六分かかつているのが
  現状である。できるだけ早く応急手当を開始することが救命率向上
  のために重要であるので、心肺蘇生法の実技も含めた講習会等の開
  催により国民の応急手当に関する知識・技能の普及啓発を図る必要
  がある。

 (7) 科学技術の応用
   科学技術の進歩に伴い、医療技術及び医療情報処理技術がめざま
  しく発展L、医療の分野でも実用化が進んでいる。搬送途上等の医
  療においてもこれらの技術の活用を図るとともに、新たに心電図等
  の医療情報を医療機関に伝送するシステム、患者の状態に関する多
  量の医療情報を伝送するための通信衛星を活用するシステムの開発
  を図ること等により科学技術を積極的に応用していく必要がある。

3 搬送途上等における現行医療の問題点

 (1) 救急医療に関わるマンパワー
   救急医療に携わる医師の養成については、救命救急センター等で
  行われているが、その養成数は全一国の救急医療の現状に十分対応で
  きる状態ではない。また、その研修カリキュラムについても、DOA
  等重症救急患者の救命率を向上させるのに必要な実習が十分でな
  い。また、看護婦・士等医療関係職種の養成課程においても、救急
  医療に関する内容は不十分である。

 (2) 救急隊員の業務の範囲
   救急隊員については、あくまでも、比較的簡単な応急手当に限定
  されているので、百三十五時間という限られた講習時間による現在
  の教育・訓練水準ではDOA患者に対する高度の応急処置には対応
  できない。

 (3) 救急患者の搬送手段
   搬送途上等において、高度の応急処置を行うには、必要な医療機
  器を搭載した救急車等が必要であるが、現状は一部の救命救急セン
  ター及び消防機関が所有しているにすぎない。
   また、医療用救急ヘリコプターについても搬送体制が整備されて
  いない。

 (4) 救急医療情報システム
   高度化、複雑化する救急医療に対応するために、科学技術の進歩
  を踏まえ、救急医療情報システムを充実していく必要があるが、ご
  く一部の地域で患者の医療情報を救急医療機関に伝送する試みが行
  われているにすぎず、体系的な救急医療情報システムの開発、整備
  がなされていない。

 (5) 救急医療に関する認識
   万一の事故に備えて、救急法を習得しようとする国民の関心は薄
  く、心臓マッサージ等による心肺蘇生法などの基礎的な応急手当が
  保健医療関係者においても普及していない。

4 搬送途上等の医療の充実のために緊急に取り組むべき方策

  救急医療を2で提起した基本的方向に向つて前進させるには克服し
 なけれはならない問題が多いが、当面、次のような方策に着手するこ
 とが、将来のよりよい救急医療体制を実現していくために有効と考え
 る。

 (1) ドクターカー等の効果的活用
   搬送途上等における医療の充実を図るためには、救急事由発生後
  救急医療を担当する医師等が速やかに救急現場に出動できるような
  システムを普及させることが効果的である。
   このためには、

   @ 搭乗者の職種(医師、看護婦・士)
   A 配置場所(救命救急センター、消防機関等)
   B 出動方法(選択的に出動する方法、すべてのケースに出動する
          方法)
   C 地域性(医療体制が充実している地域、医療体制が不十分な地
    域)を考慮する必要がある。
    また、これらの方式を効率的に推進するために、それを支援する
    ものとして、
   @ 医師の判断を直接救急現場に届けられるようにするため、救急
    医療機関と救急車等との間で患者の状況を自動車電話又は携帯電
    話により直接交信するシステム
   A 救急医療機関に対し血圧、脈拍、心電図等の医療情報を伝送す
    るシステム
   B 搬送途上等における患者に関する多量の医療情報を伝送するた
    めの通信衛星を利用するシステム
   が有効と考えられる。

   以上のような諸方策を、地域における社会医療資源の配置状況及
  び関係機関との連携状況を勘案して効果的に組み合わせることによ
  り、次のようなモデル事業を行い、本格的な実施につなげていくこ
  とが必要である。

 <モデル事業の実施>

   (モデル1) 救急車等医師同乗事業

    (ア) 救命救急センターに配置されているドクターカーに、救急現
       場からの通報に基づいて救急指令センターに常駐する医師の判
       断の下に直接医師が同乗し救急現場へ出動する事業
    (イ) 救命救急センターの隣接地等に消防機関の救急車を配置し、
       救急指令センターに常駐する医師の判断の下に直接医師が救急
       現場へ出動する事業

    この場合、救急医療として必要性の高い気管内挿管、輪液、除細
   動等の高度の応急処置を医師が自ら行うことになる。

    なお、十分な救急業務経歴があり、かつ、専門的教育・訓練を既
   に受けている救急隊員に限つて、医師の直接管理下に車内で隊員自
   らどの程度の高度の応急処置が行えるものかどうか臨場実習を実施
   することも検討に値する。

  (モデル2)救急車等看護婦・士同乗事業

    (ア) 救急指令センターに常駐する医師の判断の下に、救急医療に
       関する教育・訓練を受けた看護婦・士が消防機関から救急車に
       同乗し、直接救急現場に出動する事業
    (イ) 救命救急センターに配置されているドクターカー又はその隣
       接地等に配置された消防機関の救急車に、救急指令センターに
       常駐する医師の判断の下に、救急医療に関する教育・訓練を受
       けた看護婦・士が救命救急センターから同乗し、直接救急現場
       に出動する事業

    この場合、ホットラインによる医師の指示の下に、高度の応急処
    置を看護婦・士が行うことになる。

  (モデル3) 医療用救急ヘリコプター医師等同乗事業
     広域・遠方から患者を搬送する場合、又は交通事情等により
    救急車では搬送が困難な場合、医療用救急ヘリコプターに救命
    救急センターの医師又は看護婦・士が同乗し、救急現場に出動
    して、高度の応急処置を行う事業

 (2) 救急医療に携わる医療関係者の確保

  (ア) 救急担当医師の養成

    救急医療に携わる医師の確保が困難であるのが現状であり、量
   的な充足方策を緊急に講じていく必要がある。

    このため、医師の卒前教育における救急医学の充実、医学部に
   おける救急医学講座の設置を関係方面に要請していくとともに、
   医師国家試験における救急医療に関する事項の拡大、卒後二年間
   の臨床研修機関における救急車同乗研修の追加等救急医療研修の
   充実により、救急医療を担当する医師を確保するための条件整備
   が必要である。

    さらに、救命救急センター等で救急医療を担当している医師に
   対しても、DOA患者の救命率を向上させるのに必要な呼吸・循
   環管理等の研修を拡充していく必要がある。

  (イ) 看護婦・士の救急医療教育・実習の拡充

    看護婦・士については、救急時に的確に医師を補助できるよう
   養成課程における救急医療実習を拡充するとともに、養成課程終
   了後に救急医療研修を実施することにより、救急医療を担当する
   看護婦・士を確保することが必要である。

  (ウ) 新たな身分制度の検討

    救急医療に携わる医師、看護婦・士の養成を図る一方、高度の
   応急処置を行えるマンパワーの一層の確保を図るため、医師の指
   示の下に救急医療に関する専門的な診療補助を行える知識・技能
   を有する新たな身分制度を導入することも検討に値する。

 (3) 救急隊員の行う応急手当の充実

   救急隊員の応急手当については、昭和五十三年の消防庁告示によ
  り、人工呼吸、酸素吸入等の簡単で短時間で行うことができ、か
  つ、複雑な検査や器具の操作を必要としない範囲で行われていると
  ころである。

   しかしながら、救急業務の改善を図るため、相当程度の教育・訓
  練を受けた救急隊員については、そのレベルに応じて血圧測定、心
  電図検査、器具の使用による異物除去、経鼻エアウェイによる気道
  確保等必要な応急手当を追加して行わせることは可能であると考え
  られるが、さらに、DOA患者に限定すれは自動式除細動器の使用
  も可能ではないかとの意見もあつた。

   この場合、救急隊員に対して必要な教育・訓練体制を、医療関係
  者及び救急業務関係者の参画の下に整備するとともに、教育・訓練
  を受けた者についての認定制度を設けることが必要である。

   また、気管内挿管、輪液等の高度の応急処置については、個々の
  行為の危険性、教育・訓練の内容等と密接に関連するものであるの
  で、今後、日本医師会、関係医学会、救急医療業務関係者等の意見
  及びモデル事業による臨場実習を踏まえ、早急に結論を得る必要が
  ある。

 (4) 国民に対する応急手当の普及啓発

   国民に基礎的な応急手当を普及させるための方策として、保健医
  療関係者、教員及び警察官の救急法習得、運転免許取得、更新時に
  おける救急法の講習等について、関係省庁並びに日本医師会及び日
  本赤十字社等関係団体に協力を要請していく必要がある。
   また、救急法の有効性について、九月九日の救急の日を中心とす
  る救急医療週間を活用するなどして国民の関心を高めていくことが
  重要である。

5 おわりに

  以上、搬送途上等における医療を充実させるため、緊急に取り組む
 べき方策についてとりまとめたが、これらを円滑に実施するために
 は、財政的な面でも思い切つた措置を講じることが必要である。



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