・救急業務研究会基本報告

         − 救命率向上のための方策について −
                   (平成二年十一月二十六日)
 目 次

 1 現状と課題
 2 プレホスピタル・ケア充実のための目標と方策
 3 救急隊員の行う応急処置の範囲の拡大等
 4 救急隊員に対する教育訓練
 5 国家資格制度が設けられた場合における救急隊員の特例措置
 6 高規格の救急自動車及び最新救急資器材等の導入・整備
 7 救急隊と医療機関との連携強化
 8 救急業務の高度化を推進するため緊急に講ずべき措置
 9 救急業務へのヘリコプターの活用
 10 住民に対する応急手当の普及啓発


1 現状と課題

  消防機関の救急自動車により搬送された傷病者は、平成元年中、約
 二百六十万人に達しているが、最近の交通事故の増加傾向、高齢化の
 進展、疾病構造の変化等により、救急現場及び搬送途上において呼
 吸・循環不全に陥る傷病者が一層増加することが予想される。

  我が国の医療及び救急搬送体制は、世界的水準にあると言われてい
 るが、プレホスピタル・ケア(救急現場及び搬送途上における応急処
 置をいう。以下同じ。)については、欧米諸国に比べ未だ不十分な状態
 にある。

  欧米諸国では、医師が救急現場へ出場するシステムや医師以外の者
 に特別の教育と資格を与え、高度な応急処置を行うシステム等プレホ
 スピタル・ケアの充実が図られている国が多い。他方、我が国のプレ
 ホスピタル・ケアの現状は、医師が関与することが少なく、また、救
 急隊員が行う応急処置の内容は、比較的簡単に行えるものに限られて
 いる。このため、我が国では、救急隊員により心肺そ生処置が施され
 た傷病者のうち、社会復帰した者の割合は、欧米諸国と比べ極めて低
 いことが指摘されている。

  こうした状況を改善し、救急に対する国民のニーズの高まりに的確
 に対応するとともに、最近の医療機器の進歩等も踏まえつつ、プレホ
 スピタル・ケアを充実し、傷病者の救命率の向上を因っていくこと
 が、我が国の緊急の課題となっている。

2 プレホスピタル・ケア充実のための目標と方策

  プレホスピタル・ケアの充実にあたっては、高い救命効果を実現し
 ている欧米諸国の例を・参考として、救命率の向上に対する国民のニー
 ズに的確に応えうるシステムを構築する必要がある。
 プレホスピタル・ケアを充実させる主な方策としては、

  @ 医師又は看護婦(士)が救急自動車に同乗し、救急現場に出動
   する方式
  A 救急隊員の行う応急処置の範囲の拡大

 が考えられる。
  しかしながら、@の方式のうち、特に医師が救急車に同乗し、救急
 現場に出動する方式(ドクターカー)は、救命率向上のため望ましい
 ものであるが、現実には、医師の確保が困難である等の事情により、
 これを全国的に展開するには限界がある。

  消防機関による救急業務が、二十四時間体制のもと全国的に普及し
 ている現状を踏まえると、救急隊員の行う応急処置の範囲を拡大する
 ことによってプレホスピタル・ケアの充実を図ることが、現実的かつ
 効果的な方策である。

3 救急隊員の尾来ぬ応急処置の範囲の拡大等

 (1) 応急処置等の範囲の拡大

   救急に対する国民のニーズの高まり、医療機器の進歩等に対応
  し、救命率の向上を図るため、「救急隊員の行う応急処置等の基準」
  (昭和五十三年七月一日消防庁告示第二号)に定める応急処置等の
  範囲を拡大し、次の応急処置等を加える必要がある。

   ア 早急に実施すべき応急処置等

    次に掲げる応急処置等は比較的短時間の教育訓練で実施可能で
    あることから、できる限り早期に行わせる必要がある。

    @ 耐震動血圧計を使用して、血圧を測定する。
    A 聴診器を使用して、心音・呼吸音等を聴取する。
    B パルスオキシメーターを使用して、血中酸素飽和度を測定す
     る。
    C 心電計及び心電図伝送装置を使用して、心電図伝送等を行
     う。
    D 経鼻エアウェイを使用して、気道を確保する。
    E 喉頭鏡及び異物除去に適した鉗子、あるいは効果的な吸引器
     を使用して吐物、異物を除去する。
    F 在宅療法継続中の傷病者搬送時に、それらの処置を維持す
     る。
    G ショック・パンツを使用して、血圧の保持と骨折肢の固定を
     行う。
    H 状況により、自動式心マッサージ器を使用して、胸骨圧迫心
     マッサージを行う。

   イ 心肺停止状態に陥った傷病者に対する応急処置
    心肺停止状態に陥った傷病者に対し、次の応急処置を行う必要
    がある。
     これらの応急処置は、新たな国家資格制度が設けられた場合
    に、救急隊員がこの資格を取得し、救急自動車に積載した自動車
    電話や心電図伝送装置等を使用するなどして行うものとする。
    @ 半自動式除細動器を使用して、心室細動を除細動する。
    A 静脈留置針を使用して、末梢静脈を確保し、輸液を行う。
    B ツーウェイチューブ又はラリンゲアルマスク等を使用して、
     気道を確保する。
     なお、気管内チューブによる気道確保については、救命効果を
    高めるうえで極めて重要であることから、引続き検討するものと
    する。

 (2) 応急処置等の範囲の拡大に伴い講ずべき措置

    救急隊員の行う応急処置等の範囲を拡大する場合、これに対応し
   て、高度かつ専門的な知識・技能の修得のための教育訓練を実施す
   る必要がある。また、これにあわせて高規格の救急自動車、最新救
   急資器材、傷病者情報の伝送等を行うための情報通信資器材を整備
   する必要がある。

4 救急隊員に対する教育訓練

 (1) 教育訓練カリキュラム
    応急処置等の範囲を拡大するに当たって、救急隊員に対し、新た
   に行うこととなる教育訓練のための標準的なカリキュラムを開発す
   る必要がある。

 (2) 救急隊員に対する教育訓練時間等
  ア 3(1)アに掲げる応急処置等を行うためには、救急業務に関する
   講習(消防法施行規則弟五十条に定める講習)を含め、二百五十
   時間程度の教育訓練を実施する必要がある。
  イ 3(1)に掲げる全ての応急処置等を行うためには、実務経験が五
   年程度又は二千時間以上の救急隊員に対し、救急業務に関する講
   習(消防法施行規則第五十条に定める講習)を含め、千時間程度
   の教育訓練を実施する必要がある。

 (3) 教育訓練体制
   救急隊員の行う応急処置等の充実は、緊急の課題であることに鑑
  み、地方公共団体は必要な教育訓練体制の整備に早急に取り組む必
  要がある。

   応急処置等の範囲の拡大に伴い、救急隊員に必要とされる教育訓
  練は、基本的に都道府県の消防学校で行うものとされているが、そ
  の内容に高度かつ専門的なものが含まれること、救急医療関係の講
  師の確保を図ることが必要であること、教育訓練の効率性を考慮す
  る必要があること等から、一般的には、都道府県の消防学校で行う
  ことに無理があるので、都道府県域を越えた全国の救急隊員を対象
  とする新たな教育訓練機関を設置する必要がある。

   なお、救急隊員の教育訓練の講師、実習病院等の円滑な確保を図
  るため、救急医療機関の協力を求める必要がある。また、救急医療
  に携わる医師の養成と病院実習の施設等の充実を一層図るよう関係
  行政機関に要請していく必要がある。

5 国家資格制度が設けられた場合における救急隊員の特例措置

  新たな国家資格制度が設けられたときには、3(1)イに掲げる応急処
 置を行う救急隊員は、この資格制度によることとなるが、この場合、
 救急隊員については、迅速かつ円滑な救急業務の拡大が図られるよ
 う、実情に即した特例措置を講ずる必要がある。

6 高規格の救急自動車及び最新救急資器材等の導入・整備

  現在、消防機関に導入されている救急自動車の大部分は、搬送機能
 中心のものとなっているが、今後、応急処置の範囲の拡大に伴って必
 要となる救急資器材等の搭載や拡大した応急処置の実施が可能な高規
 格の救急自動車を整備する必要がある。
  また、エレクトロニクス等科学技術の発展による医療機器の進歩等
 を踏まえ、最新の救急資器材を整備する必要がある。

7 救急隊と医療機関との連携強化

  医師の指導のもとに高度な応急処置を的確に実施するとともに医療
 機関における傷病者の受け入れの円滑化を図るため、救急自動車に自
 動車電話、心電図伝送装置等の情報通信資器材を整備し、救急隊から
 医療機関へバイタルサイン等の傷病者情報を迅速に伝送するシステム
 を構築し、医療機関との連携を強化すべきである。

8 救急業務の高度化を推進するため緊急に講ずべき措置

  プレホスピタル・ケアの充実は緊急の課題である。したがって、現
 行の救急業務の一層の充実を図り、あわせて今後応急処置の範囲の拡
 大にも円滑に対応できるようにするため、高規格救急自動車、最新救
 急資器材、医療機関への傷病者情報の伝送等をするための情報通信資
 器材等の導入・整備を図り、これらを活用した応急処置を充実する事
 業を行うなど、救急業務の高度化を早急に推進すべきである。

  以上の事業等を市町村が計画的に推進することを支援するため、高
 規格の救急自動車、最新の救急資器材等の整備について国庫による財
 政援助措置を講ずる必要がある。

9 救急業務へのヘリコプターの活用

  救急業務にヘリコプターの活用が図られるならば、救命率の向上に
 効果的であるが、あらかじめ医療機関との連携体制あるいは臨時離着
 陸場が整備されていないとその機能は十分に発揮しえない。

  このため、救急患者の搬送時間の長い地域を中心として、搬送時間
 の短縮の観点から、救急業務におけるヘリコプター活用の促進を図る
 ため、関係機関と連携し、救急搬送を試験的に実施する等により、ヘ
 リコプターを救急搬送に利用するための課題を検討する必要がある。

10 住民に対する応急手当の普及啓発

  救急隊が現場に到着する前に、一般住民による応急手当が適切に実
 施されれば、救命率の向上に大きな効果がある。現在、消防機関等に
 おいて、「救急の日」を含む「救急医療週間」を中心として、地域住民
 を対象とした応急手当に関する講習会等が開催されており、参加者も
 相当数にのぼっている。今後、さらにこれを効果的なものにするた
 め、関係機関等の協力を待つつ、救急普及啓発広報車の活用、応急手
 当の実技指導の強化等、普及啓発に一層努力する必要がある。


 救急業務研究会委員名簿
                            (五十音順)
    石 田 詔 治  (兵庫医科大学救命救急センター助教授)
    大 熊 由紀子  (朝日新聞論説委員)
 会長 大 塚 敏 文  (日本医科大学附属病院長)
    桂 田 菊 嗣  (大阪府立病院救急診療科部長)
    小 宮 多喜次  (東京消防庁救急部長)
    五 鳥 瑳智子  (東邦大学医学部教授、東邦医療短期大学学長)
    佐々木 宏 一  (全国消防長会救急委員長)
    篠 崎 英 夫  (厚生省健康政策局指導課長)
    都 築 正 和  (東京大学医学部附属病院救急部長)
    坪 井 栄 孝  (日本医師会常任理事)
    唄   孝 一  (北里大学医学部教授)
    三 井 香 兒  (東京大学医学部附属病院救急部講師)
    山 越 芳 男  ((財)日本消防設備安全センター理事長)
    山 本 保 博  (日本医科大学助教授)
    吉 村 秀 実  (日本放送協会解説委員)
 救急業務研究会小委員会委員名簿
                         (五十音順)
   飯 田 志農夫  (消防庁救急救助課長)
   石 田 諮 治  (兵庫医科大学救命救急センター助教授)
   篠 崎 英 夫  (厚生省健康政策局指導課長)
   椿   隆 助  (大阪市消防局救急救助課長)
   中 根 一 辿  (東京消防庁救急管理課長)
座長 三 井 香 兒  (東京大学医学部附属病院救急部講師)
   山 本 保 博  (日本医科大学助教授)



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