・救急隊員の行う応急処置に関する中間報告

                 昭和五十三年三月十七日
                 消防庁長官あて 救急業務研究会

 昭和五十二年八月、貴職の依頼を受けて当救急業務研究会では、「救
急隊員の行う応急処置の基準」について、鋭意検討を重ねてきたが、そ
のうち、将来の救急隊員像と応急処置の基準等応急処置に関連する今後
の課題を除き、次のとおりとりまとめたので中間報告する。

 なお、将来の救急隊員像と応急処置の基準等応急処置に関連する今後
の課題及び応急処置の具体的実施方法については、引き続き検討するこ
ととする。

   救急隊員の行う応急処置の基準について

第一 序論

 1 救急業務における応急処置の必要性
   消防法第二条第九項の救急業務の定義規定においては、救急業務
  を搬送行為を中心として規定しており、事故現場及び搬送中におけ
  る救急隊員による応急処置については、規定中明らかにされていな
  い。しかしながら、次のような理由から救急業務とは、単に搬送行
  為につきることなく、必要な応急処置を行うことも当然に含むもの
  と解すべきである。

   その一は、医学的意義である。救命効率という観点から考える
  と、たとえば呼吸停止の場合、停止がおきてから適切な人工呼吸を
  行つた場合の救命率は、時間の経過とともに急激に低下し、まさに
  迅速な応急処置が生死を分けることとなる。したがつて、まず最初
  に傷病者に接する救急隊員によつて応急処置が開始される必要があ
  り、いわば、救急隊員の行う応急処置は、広い意味での救急医療体
  系の一環をなしているといえる。

   その二は、社会的意義である。後述するように、昭和五十一年中
  においては、全搬送人員約一五三万人のうちの五七・八%に当る約
  八八万人が救急隊員により、止血、固定、人工呼吸、心マッサー
  ジ、酸素吸入、気道確保、保温、消覆その他各般にわたる応急処置
  を受けており、これによつて数多くの国民の生命が救われ、症状の
  悪化が防がれている。

   このように応急処置は、今や国民の日常生活の中に深く定着し、
  国民もまたそれを強く望んでいるところであり、応急処置なくして
  救急業務を考えることはできない。

 2 救急業務における応急処置の現状

   救急業務における応急処置については、前述のとおり法令上明確
  な根拠規定が設けられていないが、救急自動車の規格及び構造面、
  救急隊員の資格面については、消防法施行令及び救急業務実施基準
  (消防庁長官通達)において、救急隊員が当然応急処置を行うこと
  を前提として、いくつかの規定が置かれている。

   たとえば、救急隊員については、消防庁長官若しくは都道府県知
  事又は市町村長が行う応急処置を含めた救急業務に関する一定の講
  習過程(全部で一三五時間)の修了者など、救急業務実施基準第五
  条各号に定める者のうちから任命されることとなつている。

   また、救急自動車についても、「傷病者を搬送するに適した設備
  をするとともに、救急業務を実施するために必要な器具及び材料を
  備えつけなければならない。」(消防法施行令第四十四条第二項)と
  しているほか、「長さ一・九メートル、幅〇・五メートル以上のベ
  ッド一台以上及び担架二台以上を収納し、かつ隊員が業務を行うこ
  とができる容積を有するものであること」など一定の構造及び設備
  を有するとともに、一定の救急器具及び材料を備えなければならな
  いとされている(同実施基準第九条及び第十一条)。

   このように、救急隊員の資格、救急自動車の規格及び構造等につ
  いては基準があるが、救急隊員が行う応急処置の基準については、
  何ら示されていない。

   消防白書(昭和五十二年十一月消防庁発行)によれば、前述のと
  おり、全搬送人員の五七・八%に当る約八八万人が救急隊員による
  応急処置を受けているが、十大都市とその他の市町村の状況をみる
  と、十大都市は全搬送人員の八四・七%が応急処置を受けているの
  に対し、その他の市町村では四八・〇%となつている。また、応急
  処置の内容、方法等についても地域によつて差異が認められる実情
  である。

 3 救急業務における応急処置の基準作成の必要性

   現在、応急処置の基準が作成されていないことは、救急隊員の教
  育訓練の方向づけを妨げ、前述のように、救急隊員の応急処置に地
  域による不統一を生み出し、ひいては医療機関と提携した広い意味
  での救急医療体制の障害となつている。

   さらに、救急業務は、少なくとも法制化当時は、災害による事故
  を主目的として発足したものと考えられるが、近年におけるその実
  態は急病患者がその過半数を占めるに至るなど、傷病者の形態は複
  雑かつ多様化の傾向を示している。

   このような理由で、第一線における救急業務関係者から早急に応
  急処置に関する基準を作成すべきであるとの声が現実に高まつてい
  る。

   当研究会では、救急隊員の行う応急処置の基準を検討するに当
  り、第一線の救急隊員が実際に行つている応急処置の内容、過去に
  おいて他の機関から既に出された提言の類、医師法との関連等々を
  慎重に考慮して、次のような結論に達した。

   なお、この基準は、救急業務実施基準に定める講習を修了した救
  急隊員を対象に作成したものであるが実際の運用に当つては、講習
  時間数、内容等を考慮し、弾力的に運用することが望ましい。

第二 救急隊員の行う応急処置の基準

 1 応急処置の認められる一般的条件

   救急隊員(救急業務実施基準第五条第一号に該当する救急隊員を
  いう。)の行う応急処置については、一般的に次のような条件の下
  に認められるものとする。

  (1) 傷病者を医療機関に収容し、又は現場に医師が到着して、その
    管理下におくまでの間であること。
  (2) 傷病者の状態その他の条件から応急処置を施さなければ傷病者
    の生命が危険であり、又はその症状が悪化する恐れがあると認め
    られる場合であること。

 2 応急処置の原則
  上記の条件の下に行われる応急処置は、下記の原則にしたがつて
  なされるものとする。

  (1) 比較的簡単で、かつ短時間に行うことが出来、かつ効果をもた
    らすことが客観的に認められている処置であること。
  (2) 複雑な検査や器具の操作を必要とせず、定められた装備資器材
    を用いて行うものであること。

 3 応急処置の基準
  以上のような条件及び原則にしたがつて行われる応急処置の基準
  は、具体的には次のとおりである。

<応急処置を行う前の観察>
 1 傷病者の観察
  (1) 顔貌
     表情や顔色を見る。
  (2) 意識の状態
   ア 傷病者の言動を観察する。
   イ 呼びかけや皮膚の刺激に対する反応を調べる。
   ウ 瞳孔の大きさ、左右差、変形の有無を調べる。
   エ 懐中電灯等光に対する瞳孔反応を調べる。
  (3) 出血
     出血の部位、血液の色及び出血の量を調べる。
  (4) 脈拍の状態
     橈骨動脈、総頸動脈、大腿動脈等を指で触れ、脈の有無、強
     さ、規則性、脈の早さを調べる。
  (5) 呼吸の状態
   ア 胸腹部の動きを調べる。
   イ 頬部及び耳を傷病者の鼻及び口元に寄せて空気の動きを感じ
     とる。
  (6) 皮膚の状態
     皮膚、粘膜の色及び温度、付着物や吐物等の有無及び性状、創
     傷の有無及び性状、発汗の状態等を調べる。
  (7) 四肢の変形や運動の状態
     四肢の変形や運動の状態を調べる。
  (8) その他
 2 主訴、原因、既往症の聴取
    本人、家族又は関係者から主訴、原因、既往症を聴取する。
 3 周囲の状況の観察
    傷病発生の原因に関連した周囲の状況を観察する。

<応急処一置の項目>

 1 意識、呼吸、循環の障害に対する処置

  (1) 気道確保
   ア 口腔内の清拭
     直接手指又は手指にガーゼを巻き、異物を口角部からかき出
     す。
   イ 口腔内の吸引
     口腔内にある血液や粘液等を吸引器を用いて吸引し除去す
     る。
   ウ 咽頭異物の除去
     背部叩打法又はハイムリツク法により咽頭異物を除去する。
   エ 頭部後屈法又は下顎挙上法による気道確保
     頭部後屈法又は下顎挙上法で気道を確保する。
   オ エアーウェイによる気道確保
     気道確保を容易にするためエアーウェイを挿入する。
  (2) 人工呼吸
   ア 呼気吹き込み法による人工呼吸
     下記方法により直接傷病者の口や鼻から呼気を吹き込む。
     (ア) 口対口による人工呼吸
     (イ) 口対鼻による人工呼吸
     (ウ) 口対ポケットマスクによる人工呼吸
   イ 手動式人工呼吸器(マスクバック人工呼吸器)による人工呼
     吸
     手動式人工呼吸器を用いて人工呼吸を行う。
   ウ 自動式人工呼吸器による人工呼吸
     自動式人工呼吸器を用いて人工呼吸を行う。
   エ 用手人工呼吸
     ジルべスター法変法又はアイブイ法等により人工呼吸を行
     う。
  (3) 胸骨圧迫心マッサージ
     手を用いて胸骨をくり返し圧迫することにより心マッサージを
     行う。
  (4) 酸素吸入
     加湿流量計付酸素吸入装置その他の酸素吸入器による酸素吸入
     を行う。

 2 外出血の止血に関する処置

  (1) 出血部の直接圧迫による止血
     出血部を手指又はほう帯を用いて直接圧迫して止血する。
  (2) 間接圧迫による止血
     出血部より中枢側を手指又は止血帯により圧迫して止血する。

 3 創傷に対する処置

  (1) ガーゼ等による被覆及びほう帯
     創傷をガーゼ等で被覆しほう帯をする。

 4 骨折に対する処置
    副子を用いて骨折部分を固定する。

 5 体位
    傷病者や創傷部の保護等に適した体位をとる。

 6 保温
    毛布等により保温する。

第三 応急処置の基準の制定に伴い緊急に検討すべき事項
   応急処置の基準の制定に関連して、今後検討しなければならない課
  題は多いが、緊急に検討すべき事項としては、おおよそ次のようなも
  のが考えられる。

 1 救急隊員の教育、訓練

    本基準は、救急業務実施基準に定める講習を修了した救急隊員を
   対象に策定したものであるが、救急隊員の現状は、同実施基準に定
   める要件を満たしていない隊員が多く、またその講習内容も全国的
   に統一性を欠いている。

    そのため、本基準に即して講習科目の内容を早急に検討するとと
   もに、具体的実施方法を定めた教科書又は指導書の作成、視聴覚教
   材など教育補助資材の基準の検討を早急に行つて、救急隊員の教育
   の推進を図る必要がある。また、それにあわせて、消防学校など教
   育実施体制の充実強化も図る必要がある。さらに、指導者の養成を
   進め、全国に適正な配置がなされるよう努めるとともに、本基準が
   採用された場合における現行教育体制の下で既に資格を取得してい
   る救急隊員の再教育を実施すべきである。

 2 救急自動車の資器材の見直し
    応急処置の基準の制定に伴い、救急自動車に積載すべき救急器具
   及び材料についても、現在の救急業務実施基準を見直す必要があ
   る。

第四 応急処置に関連する今後の課題

   さらに、長期的観点から検討すべき課題として、一応次のようなも
  のが考えられる。

 1 将来の救急隊員像と応急処置の基準
 2 救急自動車の規格と構造
 3 応急処置に関する事例研究とレベルアップの方策

 あとがき
   以上、救急隊員の行う応急処置の基準について検討してきた結果を
  中間報告としてとりまとめたが、応急処置に関し、各消防機関によつ
  てその実態に差があることは好ましくないと考えるので、今後速やか
  に本基準に添つて実施されることを当救急業務研究会として望むもの
  である。

 救急業務研究会委員名簿
 会 長  恩 地   裕(大阪大学医学部教授)
 副会長  都 築 正 和(東京大学医学部教授)
 委 員  岡 村 正 明(神奈川県立衛生短大教授)
 委 員  桂 田 菊 嗣(大阪府立病院救急医療専門診療科部長)
 委 員  鎌 田 晩 喜(東京消防庁救急部長)
 委 員  斎 藤   修(日本医師会副会長)
 委 員  佐分利 輝 彦(厚生省医務局長)
 委 員  田 中 和 夫(消防庁次長)
 委 員  唄   孝 一(東京都立大学教授)
 委 員  森   視 祐(全国消防長会救急委員長、仙台市消防局長)
 ◎ワーキンググループ
  桂 田 菊 嗣 (兼)
  荒 井 紀 堆 (消防庁予防救急課長)
  市 川 信 三 (東京消防庁救急医務課長)
  大 西 輝 和 (大阪申消防局救急課長)



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