霞が関通信

臓器移植及び臓器の緊急搬送について

自治省消防庁救急救助課

救急指導係長 三宅 邦明

(プレホスピタルケア 12:2 32号 79-83, 1999)


はじめに

 

 臓器の移植に関する法律が平成9年10月16日に施行された。その後、消防庁及び厚生省の間において臓器の搬送について協議を行った結果、「臓器の緊急搬送について」(平成11年2月23日付け消防救第45号各都道府県消防主管部長あて消防庁救急救助課長通知)が発出された。

 本塙においては、臓器移植に関わる話題について概観するとともに、今回の通知の概要について述べることとする。

 

臓器移植法成立の経緯

 わが国においては、心停止後の腎臓や角膜の移植は、従来から「角膜及び腎臓の移植に関する法律」に基づき既に実施されていたが、脳死体からの心臓や肝臓等の移植については、行われていなかった。これは、脳死を人の死とするか、法律制定の必要があるか等脳死と臓器移植の問題で、各方面のさまざまな意見があり、国民的合意がなされていなかったことが、脳死体からの臓器移植の実施を踏みとどまらせる大きな要因であったと思われる。

 その後、平成4年1月の臨時脳死及び臓器移植調査会(脳死臨調)の答申を受け、平成6年4月に脳死が人の死であるとの考え方に立った「臓器の移植に関する法律案」が提出されたが結果として廃案となった。

 その後、平成8年12月に、本人の書面による意思表示により臓器提供が行われるという修正内容を加えた「臓器の移植に関する法律案」(いわゆる中山案)が14名の衆議院議員により再び提出され修正の上成立した。この法律は7月16日に公布され、10月16日に施行された。

 

脳死体からの臓器移植の動向

 欧米では脳死を死と認めたうえで、脳死体からの臓器移植が行われている。平成7年現在、欧米豪では、肝移植約6,200件/年、心移植約3,600件/年、腎移植約19,000件/年をはじめ、肺、心肺、膵等の移植が行われている。また生存率も肝移植71%(5年)、心移植68%(5年)、腎移植90%(3年)程度に向上している。

 

意思表示カードの普及

 臓器移植法第6条、臓器の摘出に関する事項の規定により、臓器の摘出の前提として、脳死判定に従うこと及び臓器提供することについて本人の書面による意思表示があり、家族がそのいずれについても承諾した場合に限り、臓器移植法に基づく脳死判定を行うこととなっている。そのため、それを担保するための手段として意思表示カードの普及は、臓器移植にとって極めて重要な位置を占める。

 こうしたことから、臓器移植法施行後、厚生省は意思表示カードの普及を精力的に取り組んでおり、平成10年6月30日までに、約1,200万枚を配布している。配布先としては、全国いずれの地区に住んでいても意思表示カードを手軽に入手できるよう、地方公共団体、郵便局、国立病院、大学、コンビニエンスストア等に設置しており、また国民健康保険証の更新に合わせて、意思表示カードを配布している。

 

臓器提供施設

 臓器移植をわが国に定着させるためには、とりわけ脳死判定を国民の信頼が得られる形で実施することが重要である。その意味から、臓器の提供に協力していただく施設、つまり法律に規定する脳死判定を行う施設については、当分の間は脳死判定を行うための適正な体制のある、(1)大学附属病院、(2)日本救急医学会の指導医指定施設、(3)日本脳神経外科学会の専門医訓練施設(A項)、(4)救命救急センターとして認定された施設において行うこととされており、全国で353施設となっている。

 

社団法人臓器移植ネットワーク

 臓器移植法成立に伴い社団法人日本腎臓移植ネットワークを改組して腎臓に加え心臓、肝臓等に対する機能も付加した社団法人日本臓器移植ネットワークが発足した。今後、我が国における臓器移植は、すべてこのネットワークを通して行われ、臓器の搬送についてもこのネットワークが一元的に調整することとなった (図2)

 

臓器の搬送について

 臓器の搬送について考える場合にその前提となる条件として以下の3つがある。

 以上のことを考慮すると、通常は、長距離を要する臓器搬送であっても臓器移植ネットワークの調整により民間航空機の定期便、新幹線等を利用し搬送することにより対応できることとなる。しかしながら、搬送に費やすことのできる時間が2〜3時間しかない心臓や、脳死患者の状態が急変し緊急に摘出された臓器などについては、緊急に搬送する必要があることも考えられる。

 これらの臓器を搬送する際の考え方については、厚生省より表2のように示されている。

 

消防機関が行う臓器の搬送について

 厚生省保健医療局エイズ疾病対策課長より消防庁救急救助課長あてに「臓器の搬送に関する協力依頼について」(平成11年2月23日健医疾発第13号)において、「臓器の搬送の業務は、臓器あっせん機関であるネットワークにおいて、ネットワーク保有の緊急自動車及び民間の航空便等の公共交通機関を利用することによって対応すること。しかしながら、移植術に使用される臓器の搬送は厳しい時間的制約の下で行うことが要請され、また脳死と判定された者の状態が急変する等緊急に臓器搬送が必要となる場合もあることから、その場合について地方公共団体の所有する救急自動車等の緊急車両及び回転翼航空機の活用について協力が得られるようよろしくお取りはからい願いたい。」との依頼を受けた。

 このことを受け、ネットワークにおいて講じ得る手段では、臓器の移植可能時間を超えるなど、事態が急迫し、緊急に搬送を行う必要がある場合、ネットワークから搬送の依頼がされることもありうることから、このような場合においては各地方公共団体の業務に支障を生じない対応可能な範囲内において、必要に応じ協力することが望まれることを通知した。

 このように搬送手段の確保方法を明確にし、また、依頼の窓口を医師や患者からではなくネットワークのコーディネーターに限定し消防機関に臓器搬送の依頼をする際のルールを確立した。依頼を受ける例の窓口については、ヘリコプターの運用方法が多様であること等から、通知中には明示していない。地方公共団体の体制に応じ依頼される窓口をネットワークの各ブロックと打ち合わせすることが望まれる。

 実際には、法制定前から消防機関は緊急に医療機関等から要請があった場合等にも必要に応じ、角膜、腎臓等の臓器の搬送を行ってきたところである。今回の通知においては、安易に消防機関に搬送の依頼がされることを防ぐための整理を行うとともに、交付金制度の創設、道路交通法上の取扱い、緊急離着陸場の使用の取扱い等を整理することにより真に緊急性がある場合については積極的に消防機関が臓器搬送に協力できる体制を整備したものである。

 

臓器搬送に要する費用について

 消防・防災ヘリコプターを利用して臓器を搬送した場合、その搬送に要した費用についてネットワークから交付されることとなった。

 臓器の搬送については、その緊急性及び臓器移植を行う病院が限られているため、その搬送が長距離となり、ヘリコプターによる搬送を行うことも考えられる。

 その場合の費用負担については、特にヘリコプターによる搬送の場合においても消防機関側が負担すべきなのかは議論の有るところであった。今回、臓器搬送交付金交付規程が制定されたことにより、ネットワークが必要な費用については交付することとなった。なお、救急車による搬送に関する費用については、長距離の搬送は規定されていないこと、費用が少額であること等の理由から交付金の対策がなされていないところである。

 また、臓器搬送交付金交付規程は、財団法人全国市町村振興協会消防広域応援交付金交付規程を参考に策定されたものであり、実際に交付される交付金の積算の方法としては、特段の事情がない限り、同規程において申請するものと同様に、ヘリの燃料費、隊員の出場手当等応援に直接要する経費とすることが適当と考えられる。

 

おわりに

 平成11年2月28日に、法施行後初めて、脳死体からの臓器移植が行われた。

 心臓、肝臓、腎臓、角膜の移植が行われ、消防機関もネットワークから搬送の依頼を受け、高知県の消防・防災ヘリコプターが心臓を高知空港から伊丹空港まで搬送するなど必要な協力を行ったところである。

 

図1  脳死と心臓死および植物状態との比較 (平成10年版「厚生白書」より)

呼吸循環停止により

判定された死

脳死により

判定された死

(参 考)

植物状態

脳の機能

機能停止

(瞳孔散大)

全能機能の

不可逆的停止

脳幹の機能は残存あるいは一部残存

(回復する可能性あり)

心拍動

停止

拍動

(多くは数日、長くても数週間以内に停止)

拍動

(長期に継続有り)

呼吸

停止

自発呼吸なし

(人工呼吸器で呼吸)

多くは自発呼吸あり

 

図2  社団法人 日本臓器ネットワークの概要
  1. 名称

    日本臓器ネットワーク(東京都虎ノ門1-3-6 彩翠ビル6階

  2. 設立の経緯

    昭和50年 8月15日 (社)肝臓移植普及会設立

    平成 7年 3月31日 (社)腎臓移植ネットワーク設立

                 ((社)腎臓移植普及会の定款変更)

    平成 9年10月16日 (社)日本臓器移植ネットワーク設立

                 ((社)日本腎臓移植ネットワークの定款変更)

  3. 役員

    理事長 算  榮一(弁護士 中央合同事務所)

    会 長 小柴 芳夫(横浜倉庫株式会社社長)

    役員数 60名(会長1名、理事長1名、理事57名、監事1名)

  4. 正会員数

    468名(平成11年1月現在)

    (内訳:腎移植施設171、心肝肺移植施設9、個人85、透析施設51、

    都道府県47、腎臓バンク42、HLA検査センター52、団体11)

  5. 事業内容

    (1)臓器移植に関する知識の普及啓発

    (2)臓器移植希望患者の登録、臓器提供者(ドナー)の確保、移植適合者

       の選定その他の臓器の提供のあっせん

    (3)その他

  6. 予算額

870万円(平成10年度当初予算額)

うち国庫補助金499万円(平成10年度当初予算額)

 

 

表1  臓器毎の阻血許容時間及び最長搬送時間

臓器

阻血許容時間

最長搬送時間

臓器

阻血許容時間

最長搬送時間

心臓

4時間

2〜3時間

腎臓

24時間

22時間

肝臓

12時間

10時間

膵臓

24時間

22時間

8時間

6時間

小腸

12時間

10時間

阻血許容時間:血流を止めてから再開するまでの時間を阻血時間と言い、臓器毎に移植に用いることの状態を維持できる最長の阻血時間を阻血許容時間と言う。

最長搬送時間:上記阻血許容時間のうち、臓器の摘出手術・移植

 

表2 搬送の手段の確保の考え方
  1.  (株)日本臓器移植ネットワークの有する緊急車両及び公共交通機関(定期航空機、新幹線等)を活用して搬送を行う。
  2.  1.の手段では最長搬送時間を超える場合は、同法人の調整する民間の航空会社を活用する。
  3.  上記の手段では最長搬送時間を超える場合など、事態が急迫し、緊急に搬送を行う必要がある場合、地方公共団体の所有する緊急車両・回転翼航空機等による搬送を要請する。