霞が関通信

「感染症の予防及び感染症の患者に対する医療に関する法律」概要

厚生省保健医療局結核感染症課

(プレホスピタルケア 12:1 31号 71-75, 1999)


はじめに

 新しい時代の感染症対策を担う「感染症の予防及び感染症の患者に対する医療に関する法律」が、平成10年10月2日に公布され、平成11年4月1日から施行される。今後、法第9条に基づいて国が策定する基本指針や搬送体制のあり方等、施行までに取り組んでいかなければならない課題は多いが、感染症新法に基づいて新しい時代の感染症対策が構築され、現場においても的確に運用されていくことが期待される。

 

感染症新法制定の背景と経緯

 現行の感染症対策の中心的法規である伝染病予防法は、明治30年(1897年)に制定されたものであり、制定以来既に101年が経過しているが、この間、感染症の状況は大きく変化している。感染症自身に眼を向けると、1970年以降、世界で少なくとも30以上の新興感染症(エボラ出血熱、エイズ、C型肝炎等)が出現し、また既に克服されたと考えられていた感染症が再興感染症(結核、マラリア等)として、人類に再び脅威を与えている。また、医学・医療の進歩、公衆衛生水準の向上、国民の健康に関する意識の向上、人権の尊重や行政の公正透明化に対する要請、国際交流の活発化や航空機による迅速大量輸送時代の到来等、感染症を取り巻く状況も著しい変化を見せている。このような状況のもと、これまでの伝染病予防法を中心として実施してきた感染症対策を全面的に改めるとともに、併せて個別対策法としての性病予防法とエイズ予防法を廃止統合し、総合的に感染症対策を推進するために、今回の感染症新法が制定されたものである。

 

感染症新法のポイント

1 対策の基本的考え方

 今日、多くの感染症の予防・治療が可能になってきており、従来の集団の感染症予防に重点を置いた考え方から、個々の国民の予防及び良質かつ適切な医療の積み重ねによる社会全体の感染症の予防の推進に基本的考え方を転換していくこととしている。

2 事前対応型行政の構築

 これまでのように感染症が発生してから防疫措置を講じるといった事後対応型行政から、普段から感染症の発生・拡大を防止するため、(1)感染症発生動向調査体制の充実、(2)国が策定する基本指針や都道府県の策定する予防計画、(3)エイズや性感染症等を対象に国が施策の総合的な方向性を示す特定感染症予防指針の3つの柱を軸とした事前対応型行政に転換していくこととしている。

3 感染症類型と医療体制の再構築

 感染症新法においては、法律の対象とする感染症を、その感染力や罹患した場合の症状の重篤性等に基づいて、一類感染症から四類感染症に分類するとともに、指定感染症と新感染症の制度を設けている。具体的には表1に各類型の具体的内容を、また図1に現行の伝染病予防法等と感染症新法の感染症類型の関係を示してあるので参考にされたい。

 また医療体制について、現行の伝染病予防法においては、市町村における伝染病院等の設置義務が規定されているが、感染症新法においては、各感染症に応じて良質かつ適切な医療を提供していく観点から、厚生大臣が指定する特定感染症指定医療機関、都道府県知事が指定する第一種感染症指定医療機関及び第二種感染症指定医療機関を法定化している。

4 患者等の人権に配慮した入院手続の整備

 感染症患者が感染症新法に基づいて入院する場合においては、手続保障のための数多くの規定が設けられている。具体的には、説明と同意に基づいた入院を期待する入院勧告制度、都道府県知事(保健所長)が72時間に限って入院勧告等を行うとする応急入院制度、72時間を超えた入院の必要性やさらに10日毎に入院継続の必要性を判断する際には、感染症の診査に関する協議会(原則として保健所毎に設置)の意見を聴いた上で行わなければならないこと等を法定化している。さらに、30日を超える長期入院患者からの行政不服審査請求に対しては、厚生大臣が公衆衛生審議会の意見を聴いた上で5日以内に裁決を行わなければならないといった行政不服審査法の特例を設けている。

5 まん延防止措置の再整理

 現行の伝染病予防法においては、まん延防止のための措置として、消毒や物件の廃棄の他に、集会・祭礼の禁止等の規定が数多く設けられていた。今回の感染症新法においては、個々の規定の必要性について十分に吟味し、今日においてもなお、まん延防止のために必要とされた措置は規定する一方、不必要な規定は削除したところである。なお、それぞれの措置の発動に際しては、その発動を必要最小限とすることが規定されている。

6 動物由来感染症対策の充実

 サルがエボラ出血熱やマールブルグ病の病原体を媒介する危険があるとして、これまでも問題とされてきたが、感染症新法においては、サル等の動物に対する輸入禁止、輸入検疫の規定を設けている。第二に、狂犬病予防法についても一部改正を行い、これまでの対象動物であったイヌに加え、ネコ等の狂犬病を媒介する危険性のある動物を狂犬病予防法に基づく輸入検疫の対象とすることとしている。

7 国際協力の推進

 感染症の問題は、もはや一つの国のみで解決できるものではなく、世界各国が協力しながら対策を進めて行かなければならない地球的規模の問題である。したがって、感染症新法においては、国の責務として感染症の情報収集や研究の推進について、国際的な連携の規定を明記している。また検疫法の一部改正により、従来のコレラ、ペスト及び黄熱の3つの検疫伝染病に加えて、感染症新法における一類感染症の中のウイルス性出血熱(5疾患)を検疫感染症として追加するなど、世界の情勢を踏まえた検疫体制の強化を図っているところである。

 

感染症新法と搬送体制の確保

 感染症新法において、都道府県知事が入院勧告等を実施した患者に関する移送については、法第21条に基づいて都道府県知事の事務として規定されている。ここでは、都道府県知事が搬送する場合と一般救急で搬送される場合を分類して説明したい。

 まず、都道府県知事が搬送する場合とは、前述したとおり、感染症新法に基づく都道府県知事による入院勧告等が出された患者に対してである。確定診断前で一般の医療機関に入院中の患者や在宅療養を続けていた患者であって、病原体診断等により、一類感染症または二類感染や在宅から感染症指定医療機関に搬送することになる。この場合、都道府県が自ら患者搬送車を購入して実施する場合や、市町村や民間救急に委託して実施される場合等、様々な状況が想定されるが、各地域の実状に合わせて最も適切な運用がなされるよう、弾力的な予算執行が行われる予定である。

 次に一般の救急で搬送する場合とは、未だ都道府県知事から入院勧告等が出されていない場合で、感染症か否かも不明な場合も含まれる。このような患者は、正確な診断を得て初めて一類感染症や二類感染症であることが判明するわけであるが、患者の搬送を行った救急隊の方々の安全や搬送車の消毒が極めて重要な問題となる。患者が一類感染症や二類感染症であることが判明した場合には、速やかに都道府県知事や診断医療機関から必要な情報を救急搬送担当者に連絡することが重要であるとともに、実際の搬送及び消毒のガイドラインを作成して、現場に普及していく必要がある。現在、厚生省と消防庁において、感染症患者に係る搬送体制の研究班を設置し、必要なガイドラインの作成に向けて努力しているところである。

 

今後の予定

 現在、公衆衛生審議会伝染病予防部会においては、平成11年4月1日の施行に向けて、集中的な審議が続けられている。特に重要な論点として、国が策定する基本指針、感染症発生動向調査体制及び感染症指定医療機関制度の3点が挙げられており、同審議会では、この3点について優先的に審議が行われている。患者の搬送についても、感染症患者の適切な搬送や現場の搬送担当の方々の健康の観点から極めて重要な問題である。公衆衛生審議会や研究班を舞台として、十分な検討とその結果の現場への提供が求められている。

 

おわりに  

 感染症新法の制定にあたり、その基本的考え方を提示したのは公衆衛生審議会が平成9年12月に発表した「新しい時代の感染症対策について(意見)」である。同意見の作成にあたり、大変なご尽力をいただいた公衆衛生審議会伝染病予防部会、同基本問題検討小委員会の委員各位をはじめとして、新法制定までの過程においてご協力、ご指導を賜った関係者すべての方々に対して厚く御礼申し上げたい。

 現在、厚生省として平成11年4月1日の感染症新法の円滑な施行に向けて努力を続けているところであるが、都道府県、市町村、感染症指定医療機関を含めた医療機関、関係団体や学会の御協力が重要な鍵となっている。患者の搬送を担当される方々をはじめとして、関係者のご理解とご協力を改めてお願いしたい。

 

表1 感染症の予防及び感染症の患者に対する医療に関する法律の対象となる感染症の定義・類型感染症類型

感染症類型

感染症名

性  格

主な対応・措置

一類感染症

・エボラ出血熱

・クリミア・コンゴ出血熱

・ペスト

・マールブルグ病

・ラッサ熱

感染力、罹患した場合の重篤等に基づく総合的な観点から見た危険性が、極めて高い感染症

・原則入院

・消毒等の対処措置

(例外的に、建物への措置、通行制限等の措置も適用対象とする)

ニ類感染症

・急性灰白髄炎

・コレラ

・細菌性赤痢

・ジフテリア

・腸チフス

・パラチフス

感染力、罹患した場合の重篤等に基づく総合的な観点から見た危険性が高い感染症

・状況に応じて入院

・消毒等の対物措置

三類感染症

・腸管出血性大腸菌感染症

感染力、罹患した場合の重篤等に基づく総合的な観点から見た危険性が高くないが、特定の職業への就業によって感染症の集団発生を起こし得る感染症

・感染症発生状況の収集、分析とその結果の公開、提供

四類感染症

・インフルエンザ

・ウィルス性肝炎

・黄熱

・Q熱

・狂犬病

・クルプトスポリジウム症

・後天性免疫不全症候群

・性器クラミジア感染症

・梅毒

・麻しん

・マラリア

・メチシリン耐性黄色ブドウ球菌感染症

・その他の感染症

国が感染症発生動向調査を行い、その結果等に基づいて必要な情報を一般国民や医療関係者に提供・公開していくことによって、発生・拡大を防止すべき感染症

・感染症発生状況の収集、分析とその結果の公開、提供

指定感染症

政令で1年間に限定して指定された感染症

即知の感染症の中で上記一〜三類に分類できない感染症において一〜三類に準じた対応の必要が生じた感染症(政令で指定、1年限度)

厚生大臣が公衆衛生審議会の意見を聴いた上で、一〜三類感染症に準じた入院対応や消毒等の対物措置を実施。

(適用する規定は政令で規定する。)

新感染症

[当初]

都道府県知事が厚生大臣の技術的指導・助言を得て個別に応急対応する感染症

人から人に伝染しやすいと認められる症状であって、即知の感染症と症状等が明らかに異なり、その伝染力及び罹患した場合の重篤度から判断した危険性が極めて高い感染症

厚生大臣が公衆衛生審議会の意見を聴いた上で、都道府県知事に対し対応について個別に技術的指導・助言を行う。

[要件指定後]

政令で感染症などの要件指定をした後に一類感染症と同様の扱いをする感染症

一類感染症に準じた対応を行う。