霞が関通信

消防庁における

病原性大腸菌O−157対策

自治省消防庁救急救助課

(プレホスピタルケア 9:4 22号 62-69, 1996)


1 はじめに

 病原性大腸菌0−157(以下「0−157」という)は、非常に大規模な感染者を出すなど甚大な被害をもたらし、市民の健康、生命の安全に大きな不安を与えたばかりでなく、生鮮食料品等の消費を落ち込ませるなど、社会的に多大な影響をもたらした。

 当然、中央、地方を問わず、政府機関においてもこの間題を重要視し、さまざまな対策を講じているところである。ここでは、消防庁における0−157対策について、政府全体の取り組みも交えて概説する。なお、記述の内容については、特に断りのない限り平成8年8月8日現在のものである。

 

2 0−157による被害の状況

 0−157による食中毒は、今年5月28日に岡山県邑久町において発生して以来、全国で9,276名の方が感染し、入院中の方が419名、不幸にも7名の方が亡くなられており、その被害は重大かつ全国的な広がりをもつ問題となっている。とりわけ、大阪府堺市では7月13日に小学生の集団食中毒が発生し、現在では感染者が6,560名、うち173名の方が入院し、1名の方が亡くなっている(数字は平成8年8月6日現在)。

 

3 0−157の特徴

(1)由来

 0−157は、1982年にアメリカ・オレゴン州及びミシガン州においてハンバーガーを原因とする集団下痢症の際に、初めて患者糞便から分離された。0−157は、アメリカの調査では、牛、羊、豚などの家畜等の腸管内にみられ、家畜の解体処理時に腸管を傷つけた場合などに、腸管内容物が食肉に付着することや、家畜の糞便が水を汚染することが感染の原因になると考えられている。

 日本では、1990年に埼玉県浦和市の幼稚園で、井戸水に含まれていた0−157が原因となり、死者2名を含む268名に及ぶ集団発生以降、注意を要する食中毒菌として注目されており、平成7年度までに、我が国でも0−157による10件の集団食中毒等の事例が報告され、合計3名の死者の発生をみている。

(2)特性

 大腸菌は病気の起こし方によって、以下の4つに分類されている。

    1. 病原血清型大腸菌:小腸に感染して腸炎等を起こす。

    2. 組織侵入性大腸菌:大腸(結腸)粘膜上皮細胞に侵入・増殖し、粘膜性固有層にびらんや潰瘍を形成する結果、赤痢棟の疾病を起こす。

    3. 毒素原性大腸菌:小腸上部に感染し、コレラ様のエンテロトキシンを産生する結果、腹痛と水様性の下痢を引き起こす。

    4. ベロ毒素産生性大腸菌:赤痢菌が産生する志賀毒素類似のベロ毒素を産生し、血便を特徴とする。乳幼児では、溶血性尿毒症症候群( HUS)や脳症(痙攣や意識障害)などを引き起こす。

 0−157は、0−111、0−128、0−145などと同様に、Cのグループに属するものであり、その特徴はまさにこのベロ毒素を産生することである。0−157の典型的な症状が出血性大腸炎であることから、一般に腸管出血性大腸菌と呼ばれているが、0−157によって起こる症状は大腸炎に限らず、ベロ毒素により腎臓や脳に重篤な障害を来すことがある。また、菌の感染力や毒力は赤痢菌並みといわれている一方、潜伏期は他の食中毒菌と比べて長く4〜8日にわたるため、原因究明に苦慮することが多い。また、感染が成立する菌量は約100個ともいわれており、従来報告されている食中毒菌の中では最も少ない水準にある。

症状

 1 出血性大腸炎

 2 溶血性尿毒症症候群(HUS)

  

4 治療方法

 0−157に係る治療方法は未だ完全に確立していない面があるが、まず下痢症の一般療法として、腎横能低下等基礎疾患に留意しつつ、安静、水分補給等を行う。経口摂取がほとんど不可能な場合は輸液を行う。止痢剤は、腸管内容物の停滞時間を延長し、毒素の吸収を助長する可能性があるので使用しない。抗生物質については、使用する薬剤の選択に関してさまざまな議論があるが、投与にあたっては腎機能の低下等に留意する必要がある。また、経過中は、重篤な合併症、溶血性尿毒症症候群の兆候である蒼白、倦怠、乏尿、浮腫、また、傾眠、幻覚、痙攣などの中枢神経症状に注意する。

 HUSを発症した場合には、一般的な下痢症に対する治療のほか、血漿交換、輸血、血小板輸血、人工透析等が行われる。

 

5 感染防止対策

 0−157は、もともと牛、羊、豚などの家畜や人の腸管内に存在するものである。その感染経路としては、0−157を保有する家畜あるいは保菌者のふん便中の本菌により汚染された食品や水(井戸水等)による経口感染、人から人への感染、食品の不衛生な取扱いなどがあるといわれている。

しかし、0−157は他の食中毒菌と同様に熱に弱く、加熱により死滅する。また、どの消毒剤でも容易に死滅する。特に留意すべき点を列挙すると以下のとおりである。

 

    1. 汚染された食肉から他の食品への二次汚染、人から人への経口二次汚染防止

    2. 食品の十分な加熱

    3. 井戸水、受水槽等の飲料水の衛生管理

    4. 手指の洗浄、消毒

    5. 感染者の糞便の衛生的な処理

 

6 政府機関等の0−157対策

(1)堺市高石市清毒本部の対応

 堺市を所管する堺市高石市消防本部では、0−157を原因とする小学生の集団食中毒事故への対応に多忙を極めた。7月12日から7月16日までの間に実施した救急出場件数は600件以上にのぼっているが、このうち、200件程度は0−157感染者と思われる。また、この間の医療機関への収容人数は220名を超え、消防本部に対する住民からの病院照会は1,000件以上を数えた。堺市高石市消防本部では、このような非常事態に対応するため、予備救急車の投入や受入可能な医療機関の情報収集等、あらゆる手を尽くして救急業務の遂行に尽力した。

(2)政府の対応

 0−157感染者の発生に伴い、厚生省、文部省、農林水産省などの関係省庁では、さまざまな対策を実施した。

 厚生省では、6月12日に、0−157の症状、感染防止策、治療法などを示すとともに、十分な対策を講じるよう通知し、その後も7月16日には「病原性大腸菌0−157対策本部」を設置し、感染経路の究明、食品関係業者の衛生管理の徹底指導、医療機関における予防・治療方法の周知などに取り組んでいる。

 また、7月23日には、堺市で二次感染が疑われる患者が見受けられていることを踏まえ、腸管出血性大腸菌による食中毒に係る二次感染予防の徹底について、患者、保菌者の一定業種への就業の見合わせの指導、消毒方法に関する情報提供、食品の取扱いの際の留意事項などについて通知している。

 政府全体の対応としては、まず7月24日に「病原性大腸菌0−157対策関係閣僚懇談会」を開催し、感染防止策などについて正確な知識を普及するための広報を積極的に推進するとともに、発生の防止、拡大の防止、感染ルートの解明、治療の確保等に取り組むために、「病原性大腸菌0−157対策関係閣僚会議」を設置することを申し合わせた。この閣僚会議は7月26日に閣議決定され、必要に応じ随時開催されることとなった。この会議の構成員は内閣総理大臣、副総理兼大蔵大臣、文部大臣、厚生大臣、農林水産大臣、通商産業大臣、運輸大臣、郵政大臣、労働大臣、自治大臣、経済企画庁長官、科学技術庁長官、環境庁長官及び内閣官房長官である。この関係閣僚会議は、7月31日、8月7日にも開催された。

 また、自治省では、7月25日に、各都道府県知事及び各指定都市市長あてに、関係機関との連携を図り対応に万全を期するとともに、あらゆる広報手段を活用し、住民への情報提供・啓発に努めることなどを要請するよう通知した。さらに、0−157対策の円滑な推進について省内の連絡調整を行うために、8月1日に「病原性大腸菌0−157対策会議」を設置するとともに、地方公共同体の0−157対策実施状況について調査を実施し、その結果は8月7日の関係閣僚会議で報告された。これによると、0−157対策の組織を設けた団体は44都道府県、11政令市、735市区町村であり、住民への広報を含む0−157対策を講じている団体は全都道府県、全政令市、2,840市区町村であった。

(3)消防庁の対応

  1. 感染防止策の徹底等

 消防庁では、7月24日の関係閣僚懇談会を受け、自治省においても通知を施行したことにあわせて、7月25日にこ、救急業務遂行中における感染防止対策をはじめとする消防関係機関における0−157の感染防止対策に万全を期するよう、格段の配慮をお願いする旨を通知した。その内容は以下のとおりである。


             消防消第150号

             消防救第158号

           平成8年7月25日

各都道府県消防防災主管部長 殿

            消防庁消防課長

          消防庁救急救助課長

病原性大腸菌0−157対策について

 

 救急業務遂行中における感染防止対策については、これまでにもその徹底に努めていただいているところであるが、最近、病原性大腸菌0−157による食中毒及びその2次感染が全国的に多発しており、政府においても、7月26日に「病原性大腸菌0−157対策関係閣僚会議」を設置し、各般の施策をさらに強力に准進していくこととしている。

 また、自治省においても、7月25日付自治画第110号「病原性大陽菌0−157対策について」(自治大臣官房総務審議官通知)により病原性大腸菌0−157対策に万全を期するよう通知されたところである。

 ついては、下記事項に十分留意のうえ、救急業務遂行中における感染防止対策をはじめ消防関係機関における病原性大腸菌0−157の感染防止対策に万全を期するよう格段の御配慮をお願いする。

 なお、病原性大腸菌0−157の性質、診断・予防の方法等について、厚生省より別添の資料を入手したので参考に供する。

 おって、貴管下市町村(消防の事務を処理する一部事務組合を含む。)に対してもこの旨周知願いたい。

  1.  傷病者の応急処置に際しては、糞便等への直接接触を避け、デイスポーザブルのビニ−ル手袋又はゴム手袋の着装を厳守すること。

  2.  糞便等が皮膚に付着した場合には、流水で十分洗い流すとともに、付着した部分を逆性石鹸や70%アルコールで消毒すること。糞便等に汚染されたデイスポーザブル以外の救急用資器材、救急衣、作業衣等は、煮沸や薬剤で消毒したうえで、天日で十分に乾燥させること。

  3.  使用済みのデイスポーザブルの救急用資器材は、ビニ−ル袋等に密閉し処分すること。

  4.  病原性大腸菌0−157は、他の食中毒菌と同様に熱に弱いので、本菌による汚染が心配される飲食品については、所要の加熱処理を行うこと。

  5.  日常における流水、石鹸等による手洗いの励行を徹底すること。特に、本菌は、家畜や感染者の糞便等により汚染された食品や水の飲食により経口感染することから、食品を扱う場合には、手や調理器具を流水で十分に洗浄すること。

 

(別添)略

2 指定伝染病の指定に伴う救急業務時の留意事項

 0−157による食中毒及びその二次感染の多発について、感染経路の特定が困難であり、かつ、単なる食品衛生上の対応だけでは二次感染に対する十分な総合的防疫対策を講じることができないことから、0−157による食中毒について、伝染病予防法に基づく伝染病として指定することについて、公衆衛生審議会伝染病予防部会において審議が行われた結果、0−157は重症度が赤痢菌と同程度と考えられ、かつ、食中毒としてのみならず感染症としての観点から、感染経路の究明と二次感染を防止することが急務であることを考慮し、指定伝染病に指定すべきであること、ただし、隔離等を伴わない限定適用とし、その運用に当たっては、患者等の人権に十分配慮すべきであることとの意見が得られた。

 これを受けて、厚生省では0−157感染症を含む腸管出血性大腸菌感染症を、伝染病予防法に基づく指定伝染病に指定することを決定するとともに、患者等の人権に配慮して、適用する条文を限定するとともに、運用上も最大限の配慮をすることとした。

 この伝染病予防法とは、急性伝染病のうち、感染力が強く、症状が重篤なものについて、必要な予防措置を講じるものであり、伝染病予防法による予防措置の対象となる感染症は、法定伝染病としてコレラ、赤痢、腸チフス、バラチフス、痘そう、発しんチフス、しょう紅熱、ジフテリア、流行性脳脊髄膜炎、ペスト、日本脳炎が、指定伝染病として急性石灰髄炎(ポリオ)、ラッサ熱がある。

 指定伝染病制度とは、伝染病予防法に定める予防措置を必要とする感染症があるときは、厚生大臣がその感染症を指定伝染病として指定することができるというものである。法定伝染病以外の感染症を指定伝染病として指定した場合において、厚生大臣が特別の事由があると認めるときは、命令により、伝染病予防法のうちの特定の条項または地域を限定して法律を適用することができることとされているが、過去には限定適用された疾病はなく、今回の腸管出血性大腸菌感染症が初のケースとなった。

 この結果、腸管出血性大腸菌感染症に関して適用される措置は次のような規定に限定され、患者発生の場合の世帯主の届出義務(第4条)、世帯主による清潔方法及び消毒方法の施行義務(第5条)、患者の隔離(第7条)、患者等の移動制限(第9条)、遊泳の禁止(第19条第1項第8号)等の措置は適用されないこととなった。

 この腸管出血性大腸菌感染症の指定伝染病への指定と適用される規定を定める省令の公布・施行は、平成8年8月6日に実施されたが、これを受けて、消防庁においても伝染病予防法との関係について、救急業務の実施に当たり留意すべき事項を周知するために、以下のとおり通知した。

 この通知の趣意は、伝染病予防法の提供対象となる疾病については、従来は市町村長または保健所長の業務として、患者の隔離が行われていたため、そもそも救急業務として法定伝染病・指定伝染病の患者を搬送することを想定し得なかったものであり、救急業務実施基準において、法定伝染病と疑われる者の取扱いを規定している(第18条)にとどまっていたが、今回の腸管出血性大腸菌感染症は、伝染病予防法の一部を限定して適用する初めてのケースであり、患者の隔離に係る規定も適用されないため、腸管出血性大腸菌感染症の患者の搬送の実施等にあたり必要な事項を周知するというものである。


              消防救第172号

            平成8年8月6日

 各都道府県消防防災主管部長 殿

          消防庁救急救助課長

  腸管出血性大腸菌感染症の指定伝染病への指定等に伴う救急業務等の実施上の留意事項について

 

 消防関係機関における病原性大腸菌0−157の感染防止対策については、「病原性大腸菌0−157対策について」(平成8年7月25日付け消防消第150号・消防救第158号各都道府県消防防災主管部長あて消防庁消防課長・消防庁救急救助課長通知。以下「0−157対策通知」という。)により、格段の御配慮をお願いしてるところである。

 ところで、今般、伝染病予防法(明治30年法律第36号。以下「法」という。)第1条第2項の規定に基づき、腸管出血性大腸菌感染症(病原性大腸菌0−157感染症を含む。)が法により予防方法を施行すべき伝染病として指定される旨が平成8年8月6日厚生省告示第199号をもって告示されるとともに、腸管出血性大腸菌感染症について法の一部を限り適用するため、「腸管出血性大腸菌感染症について適用される伝染病予防法の規定等を定める省令」(平成8年厚生省令第47号)が、平成8年8月6日に公布され、同日から施行されたところである。

 腸管出血性大腸菌感染症の指定伝染病への指定等により、消防機関に対する法令上の義務等又は救急業務等の活動に係る何らかの制 限が新たに設けられるものではないが、搬送先医療機関を選定するに当たっての医療機関との連携など、関係機関と緊密な連携を図る とともに、特に下記事項に留意の上、救急業務等の円滑な実施に万全を期されるよう通知する。

 なお、貴管下市町村(消防の事務を処理する一部事務組合を含む。)にもこの旨周知徹底されるとともによろしく御指導願いたい。 おって、腸管出血性大腸菌感染症の指定伝染病への指定等については、厚生省より別添のとおり各都道府県知事等に通知されている ところであるので、参考に供する。

  1.  腸管出血性大腸菌感染症については、法の規定のうちの患者の隔離、交通遮断等の規定については除外して適用されたことから、腸管出血性大腸菌感染症に感染している者(以下「腸管出血性大腸菌感染症患者」という。)についても救急搬送の対象とされるところであるが、従来より消防機関において実施されてきたB型肝炎等の感染防止対策を徹底するとともに、0−157対策通知による留意事項の周知及び実施を徹底することにより、腸管出血性大腸菌感染症の感染の危険を十分に回避し得るものであること。

  2.  消防横関は、救急隊員等に対し病原性大腸菌0−157等に関する正しい知識の普及啓発及び腸管出血性大腸菌感染症の感染防止対策の周知徹底に努め、傷病者への接触の忌避や志気の低下を来すことのないよう配慮すること。

  3.  消防機関において、腸管出血性大腸菌感染症と疑われる傷病者を搬送した場合には、救急業務実施基準(昭和39年3月3日付自消甲教発第6号)第18条の規定に基づき、消毒等について所要の措置を講じること。また、腸管出血性大腸菌感染症患者を搬送した場合については、医療機関等と特に緊密に連絡調整を行い、消毒等について所要の措置を講じること。

  4. 消防機関は、救急隊の搬送に係る傷病者等が腸管出血性大腸菌感染症患者等であると知った場合、当該患者等のプライバシーの保護に関し万全を期し、その漏洩によって消防の信頼を損なうことのないよう留意すること。

 (別添:略)

7 おわりに

 救急業務の実施に当たっては、救急隊員は傷病者との接触による各種感染症への感染危機に常にさらされており、全国の消防本部でも、従来よりAIDSやB型肝炎を中心とした感染防止対策が講じられているところである。

 今回のの0−157を原因とする食中毒の大量発生は、伝染病予防法に基づく指定伝染病への指定という結果を招いたが、指定伝染病に指定されたとはいえ、消防機関においては、従来からの救急隊員の感染防止対策を徹底することで、0−157の感染の危険性を十分に回避することが可能である。ただし、感染防止対策については、平常時から常に充実に努めなければならないものであろう。

 また、堺市などにおいては多数の0−157感染者を医療機関へ搬送する必要が生じ、これに対応するため堺市高石市消防本部などが懸命に対応されたところである。このような多数傷病者の発生に当たっては、消防機関においては関係機関と連携を図り、収容可能の医療機関の病床数や治療設備などの情報を把握するとともに、正確な情報の広報に努め、場合によっては近隣の消防機関に応援を要請するなど、各種対策を実施し、救急業務をできる限り円滑に行う必要がある。