第22回日本救急医学会総会を終えて

編集室

(プレホスピタルケア 8:1 15号 87-90, 1995)


 第22回を数えるようになった日本救急医学会の総会が、昨年11月の文化の日から3日間〔11月3日(木)〜5日(土)〕にわたり東京・新宿で開催された。救急隊員部会には三省堂新宿ホールに約800人が集った。

 連日各フロアーでは会場から人があふれ、立ち見の人たちが列をつくるほどの盛況ぶりであった。

 当編集室も事務局各位のご好意により本誌の展示販売を行うことができ、意気燃える全国の参加者と直接お話しする機会が持てた。

 参加者の方々も回を重ねるごとに会全体の意気が揚がっているのを肌で感じとっているようであったが、そうした中で「救急隊員部会に足を運ばれる医師の姿が今回は多く見られ、大変喜ばしいことだと思う。今後も3部会間の益々の歩み寄りと相互理解を期待したい」という声も聞かれた。ほかに、編集室に熱心に話しふけて下さった中には、今回初めて救急隊員部会に参加された看護士の方がいらした。普段はなかなか現場の状況がつかめず、救急隊員とのコミュニケーションが図れなかったため、今回は初日から救急隊員部会に参加したとのこと。展示された救急関係の図書のページをめくっては次々と質問をされていった。

 また、看護部会からの参加者以外に、女性の救急隊員の姿を見かけた。今後さらにこうした光景が増えていくであろう。

 後日、編集室宛に感想文を送って下さった方々がいる。貴重な声を紹介したい。


日立市消防本部

        増子 正利

 

 今年で22回目を迎える日本救急医学会総会も、回を重ねるごとに盛況を呈し、今回の参加者は7,000名を超えたということである。勿論、今回初参加の私は、11月3日から3日間のスケジュールを入念にチェックし、東京の会場へと向かったのである。ラウンドテーブルディスカッションでの発表の機会を与えられた私にとって、久しぶりの東京は、正に”興奮と志気”そのものであった。それはまた、今から1年半前、東京消防庁での救急救命士研修のために上京し、第一歩を踏み出そうとした時と同じ胸の高まりでもあった。

 開会式までにはまだ余裕のある時刻であったにもかかわらず、会場は熱気にあふれ、田舎者の私など席へ座れるはずもなく、結局は会場外での聴講となってしまったのである。それでも私の“興奮と志気”は衰えを知らず、開会式終了後、次のシンポジウムまでの間に空席を捜すため会場を見渡した。その時、右端の方から、私に向かって手を振る小集団を見た。懐かしい。一昨年、東京消防庁救急救命士研修所でお世話になった仲間達である。なんと嬉しいことか。久々の再会を喜び合う間もなくシンポジウムに引き込まれていった。

 救急隊員部会は3会場で行っているため、「できれば全部聴講したい」という願いは適わず、それでも出発前に作成したスケジュールに従い、3会場を往き来しながら、予定通りに聴講を終了した。

 そして三部会(医師部会、看護部会、救急隊員部会)合同教育講演が行われる京王プラザホテルへ移動し「新しい心肺蘇生法」を聴講したのである。兵庫医科大学の石田詔治先生は、私達三部会のために、1時間、立ったままで講義を続けられた。体調が不十分とのことであったが、先生の1時間の講義は、私達受講生にとっては、心に焼きつく感動を得るものであり、私達に「もっと頑張らねば」との新たな闘志を与えて下さるものであった。そして、「石田先生、ありがとうございました。先生お体をどうぞお大切に……」と声をかけたい衝動にかられたのは私ばかりではない、そんな思いをした1時間であった。

 いよいよ2日日。「心発作と考えられた事例の救急搬送と院内経過」についてラウンドテーブルディスカッションの開始である。司会者、岩隈康成氏(福岡市消防局)の挨拶により開会、アドバイザー野口宏先生(愛知医科大学救命救急センター)の紹介に続いて発表が開始された。東京消防庁そしてドクターの院内経過発表の最中、2つの不安が私の脳裏を掠めていた。日立市の救急行政は、全国レベルと比較してどうであろうか独特の地方なまりのある私の言葉は、会場の聴講者に誤解なく受け止めてもらえるであろうか、ということである。しかし、私の発表内容については、鞄立製作所日立総合病院循環器内科の江尻成昭先生から十分ご指導ご助言をいただいたものであったことが、発表の瞬間には私の自信となっていた。演題「心筋梗塞を伴った解離性大動脈瘤について」という私の発表は、予定通りに終了した。

 私に続く4名の発表が終了した時点で、8名の発表者と聴講者によるディスカッションに形態が変わった。会場からの熱のこもった質問や反対意見等により、たちまち討論の時間が過ぎ、アドバイザーの素晴らしいご助言により、ディスカッションは幕を閉じた。

 しかし、胸痛患者の発した「ニトログリセリンを服用しました」という言葉から心臓関係の疾病と判断したという私の発表のわずかな部分について「増子さん、適切な判断でしたね」と、わざわざ私に声をかけて下さった1人の医師がおいでになったことも、あえて、ここで述べさせていただきたい。日立市消防本部第1号の救急救命士である私にとって、土浦協同病院循環器内科の藤原先生のかけて下さった言葉が、どんなに有難く、私を力付けて下さったものであるかということを。私の“志気”にとってこの上ない励みとなったのである。

 さて3日日も、教育講演・一般演題(10)一般演題(11)と続き1995年九州での再会をしめくくりとして閉会宣言がなされた。

 興味あり、感動あり、教訓ありのこの3日間の研修は、私にとって大きな財産となるものであった。「日立市においては…」「日立市の場合は…」と、研修を終える間もなく、もう、帰署後の仕事の構想が私の頭の中を駆け巡ったものである。しかし、財政面で厳しい状況下にある地方都市にあっては、問題山積もまた現実のことである。救急隊員、消防隊員、レスキユー隊員の兼務で行政を行っている現状から目を背けるわけにはいかない。救急専従の課題の早期解決に始まり、間もなく来る21世紀の高齢化社会に向けて救急隊員の充実強化、救急業務の高度化を着実に進めると共に、プレホスピタル・ケアの充実を図るなど、行政面での充実すべき事項が山積みされていることもしっかり受け止めなければならない。

 本会参加は、私を取り囲むすべての状況に冷静に目を向ける機会を与えてくれたものである。ここで改めて、企画に当たられた自治省消防庁、医学会関係の各先生方にお礼を申し上げたい。そして何より、昨年の私の救急救命士研修時から、私の研修における方向づけをして下さり、折に触れご助言下さった、東京大学救急医学の三井香兒先生に、また、東京消防庁救急救命士養成所の各教官に、この誌面をお借りして心からお礼を申し上げたい。


東京消防庁 日本医科大学多摩永山病院委託研修生

         新藤  博

 

 私は現在、日本医科大学多摩永山病院救命救急センターに委託研修生として、平成6年4月より1年間の予定で在籍しており、日々、15名の医師と共に、睡眠時間も満足にとれないほどの状況の中で、救命処置の補助をしながら研修に励んでいる。悲惨な事故や、悲しい結末を目にする度に、我々救急隊員の役割の重要性を再認識させられている。

 ここに来るまで私は、医師の学会というものは、専門に研究されている医師が発表する場であり、たとえ救急隊員部会でも、特殊なケースを経験したものでなければ、発表できないと思っていた。必然的に、学会に参加して質問や疑問点があっても、手を挙げることすらできなかった。

 しかし、救命救急センターに来て、すぐに当センター長である黒川先生から、「君は研究テーマを何にするか、学会等で発表する機会があれば目標にしなさい」と言われ、何も考えていなかった私は、あわててしまった。幸い、当センターでは、研究をすることに対しての環境は恵まれており、テーマは今、救急隊が抱えている問題点を明らかにすれば良いと考え、研究に取り組み今回の総会で発表した。

 発表内容については「EGTAの問題点とエアリーク対策について」であり、EGTAの施行事例が少なくなっている現状に注目した。6カ月にわたり、EGTAと改良したEGTA(New−EGTA)のエアリークの比較とエアリータ対策について研究した。

 事前の医局での予演会では、各先生方より多くの質問や指摘を受け、何度も手直しを行わなければならなかったが、内容は自分としては満足なものであった。

 私の発表は総会初日で、緊張はしたがなんとか上がらずに行うことができた。しかし、質問時間も取れないくらい時間が追っていたので、気になっていた会場の反応を確かめる事が出来なかったが、会場に来ていた須崎医局長や富岡先生に「良かったよ」と声を掛けられ、漸く安心することが出来た。他の発表者も同じ気持ちだと思うが、やはり発表したからには周囲の反応は気になる。ましてや、なにも質問もなければ内容が悪かったのではないかと思ってしまう。当日は他の発表者の質疑等で時間が延びてしまい、やむを得ない事であった。

 今回の総会は、3日間すべてに参加することができなかったが、全般的に内容も豊富であり勉強になることが多かった。特に、私が注目したのは、地方会でも実施されたラウンドテーブルディスカッションである。この方式は1つの症例に対し、救急隊が現場から病院までの経過を説明し、医師が院内経過等を供覧して討議を行うものである。

 当センターでも近隣の救急隊との合同カンファレンスという名のもとに、同様なディスカッションを行っており、単なる事例研究に終わることなく、救急隊と医師との相互理解と連携という観点から、素晴らしい企画であったと思う。

 最後に、私が総会に参加して一番感じたことを、アメリカのフロリダで行われた集中治療学会を見学する機会を得たので比較して述べてみると、アメリカでの学会は、保養地で行われたこともあるが、参加者および発表者を含めて服装や雰囲気も非常にラフであり、堅苦しいイメージは微塵もない。自由な雰囲気の中で各自が、積極的に意見を出し合い、全員が参加しているという意識を持って行われている。

 もちろん、誰かが発表を行っているときは、会場の外や廊下で休んでいる人など誰もいない。討論好きの国民的性格もあるのだろうが、活発な意見交換は非常に素晴らしいと思った。日本人は和を重んじる民族であると言われている。しかし、学会というものは、多数の人達が様々な意見を出し合い発展していくものである。そのためには、質問時間を余分に取るとか意見を出し合えるような雰囲気作りが重要となる。また、参加者も他人行儀に意見を聞くだけでなく、自らが参加しているということを自覚しなければならないと思った。

 今回の総会では、質問者も多くなり、建設的な意見交換が活発に行われた部分もあったが、私自身の発表の仕方や他の発表者への質問等、自ら反省したことも多かった。

 この反省を糧として、これからの救急医学会の発展に少しでも貢献できるよう、常に問題意識を持って新たな研究に取り組むつもりである。