この原稿は救急医療ジャーナル'94第2巻第1号(通巻第5号)「TOPICSトピックス」のページを収載したものです。もしホームページを希望されない記事や訂正を希望される部分がありましたら、 web担当者までご連絡下さい。

「先生も、やらへんか」町の消防団員として走る整形外科医

愛媛県今治市 愛媛県今治市桜井の開業医、藤田敏博さん(43)は1993年3月、知人に誘われて今治市消防団桜井分団(野村剛分団長)に入団し、消防団員を務めている。整形外科医としての忙しい仕事の合間を縫って、子供の通う桜井中学校のPTA会長をしながらの入団だが、現場に出動したり消火訓練や会合に参加するなど、積極的に活動している。

藤田さんは、奥さんが愛媛県越智郡の出身ということから10年前に同県へ引っ越し、5年前に桜井で開業した。

"外様"の藤田さんが地元に人々と交流を深め、消防団に入るきっかけとなったのは、地元の綱敷天満宮で恒例の5月に行われる祭りを4年ほど前に手伝ったことからだった。

藤田さんの張り切った姿を見た祭りの参加者が「他のお医者さんとちょっと違うぞ」と思ったらしく、来年の祭りにも来るように声をかけてくれたのだという。

こうして顔見知りが増えるうちにPTAの会長を頼まれた。よそから来た者に声をかけてくれたことへの感激もあって、子供のためにも役を引き受けた。

昨年2月、PTAの役員とOBとの食事会が開かれた。その席で、消防団に所属している人から「先生も、やらへんか。例会は一月に1回だし、そんなにしんどくないよ」と誘われた。

藤田さんは「できる訳ないやんか」と断ってみたものの、医者が救急車に乗り込むことで患者の救命救急につながるのだし、と興味を持った。そして、日をおいて入団の返事をしたのである。

団には消防自動車が1台あるだけなので、車に乗れないときは、その後を追って現場へ行く。町にはサイレンがあり、要請があると、現場が近距離の場合短時間に7回、距離が離れているときは時間をかけて3回サイレンが鳴ることになっている。

藤田さんの場合、患者を優先しているが、手が空いていればサイレンに応じてすぐにはっぴを羽織って現場に向かう。

幸いにも、藤田さんが活動を始めてから数件しか出場したことはないそうだが、「現場で何をしていいかわからない」状態のため、渋滞の交通整理やホースの収納、土嚢を積むくらいしかできないという。

しかし、医師である藤田さんが参加することで、まず団員である自分たちの安全を確保しやすく、また患者に対して一次的な応急処置が可能となった。

「消防団とはいえ、救急処置に比重を置くことになるだろう」と藤田さんは話す。

「今のところ消防自動車に薬品を乗せることは薬事法に反することになると思う、いずれは薬品や器具を車に乗せて救急病院へ搬送するまでの処置をする、ドクターカーのようなことを何とか実現したいと考えている」とも語る。

そして今治市内の救急救命士らともコミュニケーションを図って、会のようなまとまった形を持ちたい、また月に1度は救急救命士と勉強会の場を持ちたいと考えている。

医師である藤田さんが現場へ駆けつけることで、現場の救急医療がどう改善されるか、今後注目すべき点といえる。

奥さんには、藤田さんが消防団員になるという話は事後承諾だった。誘いがあったという話は伝えていたのだが、ある日、団員から制服のはっぴのサイズを知りたいと、自宅に電話がったことから奥さんにも分かることとなった。

しかし、今では、藤田さんが出場するときは奥さんもできる限り手伝ってくれる。

子供も「かっこええ」といってくれているそうだ。

「周りの人は、医者が消防団に入ったことを珍しがるけれども、自分ではちっともそうは思いませんね。ここの住人だから、この地区を守らなければならないし」藤田さんはこう話している。


国立大学の救急医学講座を充実

文部省 文部省では平成6年度に、救急医学の充実を図るため、国立大学医学部の救急医学講座を4校で新設するよう、政府予算案の概算要求に予算を盛り込んでいる。これによって、秋田大学、千葉大学、名古屋大学、山口大学の各医学部が、新たに講座を設置する予定となっている。

これまで救急医学講座を設けていた国立大学は、昭和58年度に設置された香川医科大学をはじめ、大阪大学(昭和61年度設置)、東京大学(平成2年度)、東北大学(平成4年度)の4校。したがって来年度からの4校の新設が決まれば一挙に倍増することになる。

従来から各大学で基礎的な授業は行われてきたが、平成4年度には国立大学42校すべての医学部に救急部門をつくり終え、緊急の患者に対応できる態勢をとっている。

救急医療は、医療全般にわたる広範な知識と、刻々と変化していく病状に対して即時に判断が下せる能力が必要である。また24時間態勢の厳しい勤務となり、専門医師の育成は大きな課題となっている。

今回の救急医学講座の設置は、医療関係者だけでなく、全国民的なニーズに応えるものであり、専門医師の教育養成、研究などの重要性が改めて認識され、関心が高まっていることを示している。


欠陥部品の除細動器を巡る"告発の行方"

アメリカ アメリカの消費者団体パブリック・シティズンは、フィジオ・コントロール社の除細動器の欠陥から市民を守ることができなかったとして、食品医薬品局(FDA)に対する訴えを起こした。

パブリック・シティズンが行った1993年8月の記者会見によると,1992年1月1日から93年3月31日の間にフィジオ社の欠陥除細動器とペースメーカに関連して322名が死亡したとしている。これらのケースは該当期間にFDAに提出された約千通のライフパック除細動器に関する医療機器レポートから集められている。かつてICUの看護婦を勤め、現在パブリック・シティズンの研究員かつ弁護士のモットさんによると,先の数字は、除細動器の使用如何に関わらず、患者が明らかに助からなかったであろうと思われるケースは除外してあるとのことである。

FDAから指摘を受けた違反を改善するため、フィジオ社は1992年7月に除細動器の生産を停止したが、翌年5月にはライフパック10の生産を再開する許可をFDAから得ている。しかし、パブリック・シティズンは、FDAはライフパック10に欠陥があることを知っていたにもかかわらず、フィジオ社に問題の除細動器の生産と出荷を再開させたと主張している。

さらにパブリック・シティズンは、フィジオ社がFDAの規制に広範囲にわたっていまだに従っていないとして、同社に対する刑事訴訟を強く求めている。

同社スポークスマンのヒギンズさんは「パブリック・シティズンは古い情報をそれ自身の前後の文脈を無視して取り出し、誤って解釈しているだけ」と語っている。一方FDAのスポークスウーマン、ジュナイダーさんは「パブリック・シティズンからの書状を深刻に受け止めている」と語った。

同じく除細動器に関する話題として、レールダル・メディカル社とFDAの攻防がある。

司法省が、「レールダル社はGMP規制に違反しており、また自社の除細動器に関する問題の報告を怠った」とするFDAの申し立てに基づき、除細動器の生産と販売を一次的に停止することを要求するという命令を出した。

この決定に対して、同社はこれを阻止する訴訟を1993年10月に起こしたものである。その結果、少なくとも12月2日までは除細動器の製造と出荷を続けることができるよう裁判所を納得させることに成功した。その時点で、同社が持つオレゴン州の設備についてFDAの11月の査察で問題が持ち上がれば、再び両者は裁判所において、それらを解決することになっていた。


救急隊と病院、そして医師をつなぐ「救友会」発足

福島県 福島県の救急隊員を中心にして、地域の救命率アップのため、救急隊病院、医師の3者で講習会などを開く「救友会」が1993年11月27日,発足したメンバーは,県立医科大教授や私立病院の医師ら7人を顧問に、福島県内の救急救命士と特別救急処置を行える特別修了隊員150人である。

会長は,福島県小野浜消防署で救急隊長を務める渡辺典重氏。渡辺氏によると、 「この会は、救急隊が医師や病院との情報交換を必要としていることから発足しました。現状では、救急隊員が医療機器や情報システム、事故の対処の仕方など、医師に尋ねたいことあっても、制度上相談する機会は設けられていません。ですから、質問したり、情報交換できる場を用意しようというのがきっかけでした。

たとえば、頭部をケガし、心肺機能が止まっている人がいたとき、脳外科に搬送した方がいいのか、救急救命センターがいいのか、事例が起きる前に医師に相談するわけです。こうした知識があることで、より迅速な救急活動を行うことができます。

ですから、情報交換はもちろんのこと、事故事例を研究したり、シンポジュウムを開いて、知識向上や技術向上を目指して、会を運営しています。

また、特別修了隊員も以前より高度の救急法が行えるようになりましたので、異物除去の実技講習や心筋梗塞など、心肺機能停止のおそれのある人の家族に対してCPRをどう教えるのか、といった指導法も研究しています」とのこと。

今後は、救急隊から出る疑問とその回答や救急医療に関する情報を、郡山にある事務所で新聞にまとめ、救友会のメンバーだけでなく地域の住民に知らせていければという。

救急隊、病院、医師が地域における救命率向上を目指して、独自のネットワークをつくることは、全国でもあまり事例がない。それだけに「救友会」の今後の活動が注目されている。


HIVのため退学に追い込まれたEMTコースの生徒が訴訟

ロサンゼルス かつて、あるEMTコースの生徒だったHIV陽性の男性がロサンゼルスのEMTプログラムを訴えている。

訴えによると、ロサンゼルスにあるそのカレッジの職員は、問題の生徒がEMTコースの臨床に関する部分の授業を受けることを禁じ、さらにその生徒にHIV陽性ではEMTになることができないと、誤って伝えたというものである。

この生徒の代理人である米国市民人権擁護連合(American Civil Liverties Union)の弁護士は、「学校側は彼にCPR訓練用のマネキンを使わせたくなかったのです。たとえマネキンを使ってもHIVは唾液で感染しませんし、一般的に必要な衛生処置はしているのですから」と述べている。

弁護士によると、当時のクラスのトップであったその生徒は、自分がHIVに感染していることが分かってインストラクターに打ち明けたところ、臨床講義には参加しないように言い渡された。しかし、彼は臨床の授業も参観し続けた。

訴えでは、彼はCPR訓練用具を使っているところを学校の医療指導者に見つかり、退学させられたとのことである。この件について、学校関係者も学校の弁護士も何も語っていない。


救急救命士を魅力あるものに

日本救急医学会 1991年8月に「救急救命士法」が施行されてから2年半が過ぎようとしている。この間、消防職員の救急救命士合格者は千人を超え、プレホスピタル・ケアにおける重要な役割を担っているが、現場の職員には希望者が少ないことが調査で分かった。

このアンケートを行ったのは、大阪府立消防学校教員の林靖之医師。調査対象は同消防学校の生徒342名(内訳は初任課程196名、標準課程86名、救急救命士養成課程60名)。調査結果は、昨年11月17日に広島市で行われた日本救急医学会で報告された。

これによると、初任課程196名のうち、入学当初から救急救命士の制度を知っていたと答えた人は43%いたが、将来的に希望していたという人はわずか9%。標準課程86名での希望者は34%。救急救命士養成課程の60名の中では、自分から希望した人は69%、興味はなかったが、上司から指示されたからという人は24%、なりたくなかったが、指示されたのでしかたなくという人は7%だった。また、現在任務に就いている救急隊員を含めて、制度への不満を聞いたところ、責任が重くなる、待遇が変わらない、消防署内の理解不足などの声があった。

林医師は、希望者が少ない理由について、「消防の仕事といえば、どうしても消火活動のイメージが強く、消防学校の生徒のほとんどは、消防車に乗る、レスキュー隊員として活動するなどの希望を持って入学してくる。また、救急の仕事は非常に忙しく、体力的にも精神的にも厳しい任務となるからだろう」としている。

このような現状を改めていくには、「何よりまず、消防や行政の上層部の意識改革が必要で、救急活動に対する認識を換えてもらいたい。たとえば、給与、身分などを含めて、ワンランク上の処遇があってもいいのではないか。こうした改善を目指して、医師の立場から、これからも救急救命の重要性を言い続けていこうと思っている」とのことである。


看護士からの転身活躍の場は"現場"だ!

石川県金沢市 かつて看護士として働いていた石川県金沢市の島野健市さん(29)は、1993年10月1日、金石消防署に配属されたばかりのフレッシュマンである。

島野さんは高校卒業後、1985年にリハビリ助手として金沢市内の整形外科病院に就職したが、何か資格をとりたいと考えた。資格を取るなら「自分が何かをして助かる人がいれば・・・・」と思い立って、看護学校に入学したという。仕事をしながら4年間学生生活を送り、1990年、看護士の国家試験に合格した。

救急医療については、看護学校に通う頃から関心があったし、最近はテレビでアメリカのパラメディックについての番組が放映されるなど、マスコミを通じて救急医療のことを見聞きすることが多くなった。こうしたことから1秒でも早い処置が求められる救急の現場で「病院より早い段階で患者と接する救急隊員として、自分の経験と技術を生かせたらすばらしい」と島野さんは消防署入りを決めた。

1991年3月には第1回救急救命士国家試験に臨んで合格し、その後消防学校に入学した。そして、半年にわたる消防学校の勉強を終えた島野さんは、現在晴れて新米消防士になった。

この転職について、家族は「自分の好きなことをすればいい」と答え、友人は「"救急"という仕事はいいね。成人病(心疾患など)も増えているし、求められている仕事だ」と話したそうだ。

島野さんは、「この仕事を始めるには年齢がちょっと高かったので体力的にきついし、まだ慣れないためにわからないことが多い。でも将来、現場ではテキパキと処置をしていきたいと思っています」と救急救命士として従事する熱意を話してくれた。金沢市消防本部では島野さんが2人目の救急救命士となる。


東京消防庁、全救急隊に救急救命士配置

1993年12月1日、東京消防庁では176隊ある救急隊すべてに救急救命士が乗車することとなった。

第4回の救急救命士国家試験では東京消防庁からは121人が合格、第1回から第4回までを含めると580人が資格を取得したことになる。

同消防庁では、数カ所の救急隊を除き、3人一組で3部制の勤務サイクルを組んでいる。今回の合格者に処置技能の統一を図る本部教養・病院実習などで、より医学的な専門知識を習得させた上で救急車に乗車させている。

救急救命士制度の導入により、心肺機能停止状態の傷病者や、多くの人を救命した事例があったと、同消防庁は報告している。

これまでの救急救命士の配置経過は、次のとおりである。

1992年7月1日 74隊
1992年12月1日 36隊(累計110隊)
1993年6月15日 35隊(累計145隊)
1993年12月1日 31隊(累計176隊)

心肺停止した傷病者の蘇生チャンスは時間とともに低下することから、救急の高度化とともに、東京消防庁救急指導課では、

「救命効果をより高めるために、救急車が到着するまでの間に救命に関わる応急手当を一人でも多くの都民が実施できるようにと、講習会を積極的に行っています。さらに、多くの人が参加できるようとの広報誌などで定期的に公募し、人気を得ています」と話している。

一方、同消防庁の広報課で行っている平成5年に実施した都民の世論調査の結果では、救急救命士の理解度は高く、救急に寄せる都民の期待が大きいことを証明している。

質の高い救急サービスを提供するため、東京消防庁では平成6年度より救急救命士の資格取得者に対して、技能維持を図る目的から病院実習を実施するなど、今後の救急救命士の活躍が期待されている。


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