この原稿は救急医療ジャーナル'96第4巻第2号(通巻第18号)「NETWORK救急救命士ならびに救急隊員の会から」のページを収載したものです。もしホームページを希望されない記事や訂正を希望される部分がありましたら、 web担当者までご連絡下さい。

救友会通信

柳沼 実(救友会)

はじめに

 福島県は、全国第3位の広い面積を有し、大きく分けて、中通り、会津、浜通りの3地方に分けられる。県内の12の消防本部では、1236人の救急隊員が、それぞれの地域で住民の安全を守るため、日夜活動している。

 1991年に救急救命士法が施行されたとき、本県にも救急業務高度化の波が押し寄せ、これに対応すべく、翌年2月に福島県消防学校において第1回目の救急II課程隊員が誕生して以来、現在まで救急救命士29人、救急II課程隊員400人が誕生している。

 しかしながら、高規格救急車の運用については、諸般の事情により24時間365日の完全運用をしているのはほんの一部であり、ほとんどがこれからというのが現状である。

発足に至った経緯

 本県の救急隊員は、県の消防学校において救急課程の教育を受けているが、この授業は福島県立医科大学の全面的な協力を得て行っている。同大学の麻酔科教授奥秋晟先生をはじめとする医局の先生方の熱心なご指導に対しては、感謝の気持ちで一杯である。

 あるとき、私たちはこれらの先生方から、「これからの救急医療に携わる者は、学校を卒業したらそれで終わりではない。ここで会得した知識、技術を維持向上していくためにはどのようにすればよいか、またさらにレベルアップを図るにはどんな方法がよいか考えなければならない」という問題を提起された。そしてそのときから、日々進歩する救急医療についていくために私たちの模索が1年ほど続いたのである。

 しかし、何よりも私たちを奮い立たせたのは、、「顔を見たこともない、話をしたこともない人に指示などできない」という奥秋教授の厳しい一言であった。

 そこで、専科教育救急科(救急II課程第1回修了者)総代であった渡辺典重会長と話し合った結果、「消防職員の中から現に救急隊員である者、および救急に関し興味のある者」を募集して救急救命士会を設立することにし、われわれが発起人となって県下の救急隊員に呼びかけ、当会が発足した次第である。

 現在、総務課、あるいは予防課に所属している人も会員として活動しており、会員数は総勢で217人となっている。また名称に関しては、救急医療に携わる医師と救急隊員は、プレホスピタル・ケアにおけるよきパートナーとして、車の両輪のごとく、共に勉強していこうということから「救友会」と決定した。

活動内容

発足式および第1回シンポジウムは郡山市で、以後、第2回は会津若松市、第3回はいわき市で開催している。毎回場所を変えて実施しているのは、できるだけ多くの会員が参加できるようにとの配慮からで、年1回そのつどテーマを設けて開催している。

 内容としては、開催地の消防長の挨拶をはじめ、記念講演、事例研究、ディスカッションと盛りだくさんになっており、毎回熱が入って予定時間をオーバーするほどである。また、シンポジウム終了後に懇親会を設けて、医師および会員相互の懇親を深めている。このときばかりは、会員の本当の顔が窺える。楽しい限りのときである。

 さらに、シンポジウムに参加できなかった会員のためにシンポジウムの内容を盛り込み、一口教養などを掲載した「救友会会報」を年に一度発行することも主な活動としている。

これからの課題

 発足以来丸2年間、先生方をはじめ会員全員が、まったくの手弁当で自主的に当会を運営している。そのため、消防組織に対してどうかかわっていけばよいのかという問題は、一番苦慮するところであり、よい知識 があれば、読者の皆さんに是非助言をいただきたい。

おわりに

 私たちは、自分たちが自ら研さんすることによって、高度な救急技術を身につけ、地域住民のために少しでも役に立てればと考えている。

 また、県内全域で同じレベルの救急医療を等しく受けることができるよう、地域格差をできるだけなくし、安心して暮らせる街づくりのために、先生方のご指導をいただきながら、会員一人ひとりが力を合わせて邁進するつもりでいるので、紛い目で見守っていただきたい。


1995年度の兵庫県下救急救命士会研修会を振り返って

正井 潔(兵庫県下救急救命士会副会長)  発足から2年目を迎えた兵庫県か救急救命士会の1995年度の研修会は、年度当初に年間の事業計画として、実施時期と地区を事前に決めて行いました。兵庫県は、瀬戸内海側から日本海側まで合わせると大変広域なため、’95年度は、神戸地区以外の県西部の姫路地区、県北部の豊岡地区で研修会も計画することで、お互いに交流し親睦を深めることに努めました。

また、1995年度研修会は、阪神・淡路大震災の影響で、’94年度から繰り越された研修会が2回あったため、これらを繰り入れて計7回で計画され、概ね計画通りに実施することができました。以下、それらの概要を説明したいと思います。

第3回研修会 (昨年6月5日)

 1995年度総会に引き続き、神戸大学医学部附属病院救急部長・石井昇先生に「震災時の救急医療」についてご講演いただきました。

第4回研修会 (6月末)

 兵庫県立総合リハビリテーション中央病院の見学会を2回に分けて行いました。同病院は、脊椎損傷および四肢切断の手術と術後のリハビリテーションを主とする病院で、ベトナムのベトちゃん、ドクちゃんの2重体児が離脱術後にリハビリを行った病院として有名です。

 当日は、頸髄、脊椎損傷患者のリハビリの見学と、これらの患者さんから直接、受傷時のお話を聞くことができたことから、救急隊の初期応急処置の重要性を改めて認識しました。

第5回研修会 (7月)

 前記の兵庫県立総合リハビリテーション中央病院の整形外科医局長・高田正三先生に脊髄損傷および救急隊の初期の処置法について講演いただきました。

第6回研修会 (9月)

 自治省消防庁救急救助課高尾救急専門官による基調講演を行いました。なお、この内容については、本誌第16号で紹介しましたので、割愛させていただきます。

第7回研修会 (11月)

 姫路市において、姫路赤十字病院脳神経外科部長で、姫路市消防局救急指導医でもある中村成人先生に、「脳神経外科における危機的病態と救急救命士に望むこと」についての講演をいただきました。

 また、各消防本部の高規格救急車の特徴について、ディスカッションも行いました。

第8回研修会 (12月中旬)

 豊岡市において、公立豊岡病院呼吸器内科医長・三田令司先生に、「呼吸器救急の診断」と「この地方での呼吸器疾患の特徴」にういて講演いただきました。

第9回研修会 (本年3月)

 元・神戸市救急救命士養成所専任講師で、神戸大学医学部附属病院第1内科医員である川合宏哉先生に、「心エコー」について講演いただきました。

 このように多数の先生方のご尽力により、当会が充実した研修会を行うことができましたことを、紙面をお借りしてお礼申し上げます。

 また、前記以外の事業として、会員カードおよび会員ファイルの作成、アメリカ救急視察ツアーの企画なども行い、1995年度は大変充実した1年間であったと思います。当会では、これを受けて来年度もより充実した研修会を行っていきたいと考えています。


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