この原稿は救急医療ジャーナル'95第3巻第6号(通巻第16号)「救急救命法律講座」のページ を収載したものです。本シリーズのホームページ収載にご協力をいただ きました厚生省健康制作局に深謝申し上げます。

救急救命法律講座 16


「救急現場で心疾患の傷病者に舌下錠を投与することは、医療行為とみなされるか。」  最近、心疾患患者が、<私が倒れたら、ポケットの中にある薬を舌下してください>と書いてあるネックレス等を身につけているのを見かけます。そこで以下の質問にお答えください。

 救急救命士が、現場で倒れている傷病者の胸に、前述のように書かれたネックレスを発見しました。傷病者の意識はJCS100で、意識レベルはますます低下することが予想されます。この場合、救急隊員が薬(ニトロ製剤、スプレー等を含む)を投与することは医療行為となるのでしょうか。また、一般の人が実施した場合はどうなるのでしょうか。

 救急救命士制度は、交通事故の増大に加え、高齢化の進展や心疾患の増大等の疾病構造の変化等にともない、搬送途上において呼吸または循環機能の障害に陥る救急患者が増大していることに対応するため、搬送途上において救急救命処置を行う者を確保することを目的として創設された制度であります。

 現在は、救急隊員の行うことのできる応急手当の範囲は、かなり拡大されてきていますが、除細動、輸液、食道開鎖式エアウェイまたはラリンゲアルマスクによる気道確保といった高度の応急処置については、各種の医学的判断を要し、かつ処置による二次的障害発生の危険もあることから、医療関係の資格を有していない救急隊員に行わせることは適当ではありません。したがって、これらの高度な処置については、救急救命士が行うこととし、そのために救急救命士養成所または学校において、これらの高度な処置について十分に必要な知識、技能の教育をしています。

 救急救命士が行える行為は、(1) 救急隊員であれば行える処置、(2) 医師の包括的な指示の下に行うことができる処置、(3) 医師の具体的な指示の下に行うことができる処置、の三つに分類されますが、薬の投与については、医学的知識と高度の技術を要するため、救急救命士の業務には含まれておらず、また、薬剤の投与に関する知識・技術についても十分な教育がされていないため、医師の具体的な指示の下においても処置することができません。また、医師法第17条には、医師でなければ医業をなしてはならないと規定されています。ここでいう医業とは「人の疾病を診察、治療又は予防の目的を以て施術をなし、若しくは治療薬を指示投与することを目的とする業務」のことであり、薬剤の投与は、人体に危害を及ぼすおそれのある行為であるため、医師の医学的判断および技術をもって行われなければならないわけです。

 さて、今回は、心疾患患者に対する薬剤の投与は医療行為とみなされるかというご質問ですが、前に述べましたように、薬剤の投与は、高度の医学的知識と技術を要するため医療行為であると考えられ、一般に、救急救命士に認められた行為ではありません。

 しかし、ご質問の場合、患者は意識レベルが低下しており、このまま放置することはかえって患者の生命に危険を及ぼすおそれがあります。したがって、他にとるべき手段がなく、合理的な方法で行われるならば、救急救命士あるいは一般人が、この患者に対して薬剤の投与等の処置を行ったとしても違法とはならないと考えられます。

 ただし、この場合において救急救命士は、法第45条においてその業務を行うに当たっては、「医師その他の医療関係者との緊密な連携を図り、適正な医療の確保に努めなければならない」とされており、また、医師法第17条の趣旨を考えますと、原則としては、患者の状況、薬剤の性質等について医師との連絡をとった上で、薬剤の投与等の処置を行うべきです。とくに、心疾患患者に対する薬剤の投与は、場合によっては患者の生命を奪うおそれがあるため、患者の容体等について十分に医師との連絡をとる必要があります。なお、ご質問では患者本人の投薬の意思表示が示されているケースを仮定しており、この際の妥当性については、現実の個別具体的な状況に照らして判断されるべきものであります。


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