この原稿は救急医療ジャーナル'94第2巻第2号(通巻第6号)「救急救命法律講座」のページ を収載したものです。本シリーズのホームページ収載にご協力をいただ きました厚生省健康制作局に深謝申し上げます。

救急救命法律講座 6


「救急救命処置の範囲について」のうち別紙1の一部において、救急隊員と救急救命士の処置範囲の違いがわからない。」

 現在、私が勤務する消防本部の救急救命士の運用は、入電時の情報による救命指令と通常救急指令の2方式となっていますが、ある事象について以前から疑問があり、その事象が発生した場合の出場について苦慮しています。

 「救急救命処置の範囲等について」(平成4年3月13号指第17号通知)の別紙1のうち、・精神科領域の処置、・小児科領域の処置、・産婦人科領域の処置は下記の通りですが、いままでの救急隊員が実施していた応急処置の範疇と、救急救命士でなければ実施できない処置との違いについてお教えください。

 また、医師の指示についても、(1)〜(2)は具体的な指示要件には入らず、医師の包括的な指示の範疇となっている点も疑問です。

(1)精神科領域の処置
(2)精神障害者で身体的疾患を伴う者及び身体的疾患に伴い精神的不穏状態に陥っている者に対しては、必要な救急救命処置を実施するとともに、適切な対応をする必要がある。
(3)小児科領域の処置
(4)基本的には成人に準ずる。
(5)新生児については、専門医の同乗を原則とする。
(6)産婦人科領域の処置
(7)墜落産時の処置

 臍帯処置(臍帯結紮・切断)、胎盤処理、新生児の蘇生(口腔内吸引、酸素投与、保温) ・子宮復古不全(弛緩出血時)…子宮輪状マッサージ

 救急隊員が行うことのできる業務は、自治省消防庁より「救急隊員の行う応急処置等の基準」として告示されており、さらに救急救命士の資格を取得すれば行うことができる処置については「救急救命処置の範囲等について」によることとなります。

 この「救急救命処置の範囲等について」には、医行為に該当するもので救急救命士などの資格を持たずに行ってばならないものだけではなく、いわゆる救急II課程を終了すれば行うことができるものも含まれています。

 救急救命処置のうち、精神科領域の処置、小児科領域の処置および産婦人科領域の処置はすべて医行為に該当するため、これらを業として行う、すなわち、反復継続する意思をもって行うには、医師の資格が必要となります。このことは、前述の「救急隊員の行う応急処置等の基準」にこれらの処置が記載されていないことからもわかります。しかし、保健婦助産婦看護婦法では、看護婦等は、医師法の規定にかかわらず医師の指示の下に診療の補助を業とすることができるとされており、同時に、看護婦てなければ診療の補助を行ってはならないとされています。

 救急救命士等の他の医療資格を定める法律では、この保健婦助産婦看護婦法の規定にかかわらず、診療の補助として一定の範囲の医行為を業として行うことができるよう法的に手当てされており、たとえば、臨床検査技士、衛生検査技士等に関する法律では、臨床検査技士は診療の補助として採血等を行うことを業とすることができると規定されています。

 救急救命士の場合は、診療の補助として救急救命処置を行うことを業とすることができるとされていますが、救急救命処置の中には特定行為などの医行為が含まれており、これらの行為を業として行うためには、救急救命士等の資格を取得する必要があります。無資格の救急隊員が行った場合は、医師法に抵触するおそれがあります。

 以上の通り、精神科、小児科、産婦人科領域の処置は、無資格の救急隊員は行うことができません。たとえば、精神疾患と他の疾病等を併発している傷病者に対して応急処置のみを行う場合には資格は必要とせず、一般の救急隊員の方でも対応可能ですが、精神疾患にかかわる処置を必要とする場合は救急救命士等の資格が必要になります。小児科領域については成人の場合と同様となりますが、産婦人科領域に処置として列挙されているものはいずれも医行為に該当し、救急救命士でなければ行うことができません。また、これらの処置は、特定行為に比べると、傷病者の生命に与える危険が比較的小さいと考えられることから、医師の具体的指示を必要としないとされています。


「駅で急患に出くわした。駅の救護室を利用して処置を行ってよいか。」  駅や百貨店などには救護室が設けられていますが、設備や薬剤、応急手当の処置範囲などに統一された基準はあるのでしようか。

 私は救急救命士の資格を持つ看護婦ですが、たまにターミナル駅など大きな駅で、急患に出くわすことがあります。このような場合、部外者が、救護室などにある資器材を使用して、救護室あるいは現場で、救急救命処置や応急処置を実施してよいでしょうか。

 駅や百貨店など人が多く集まる場所には救護室が設けられていますが、通常、医師や看護婦が常駐しているわけではありません。このため、このような救護室仁、医師や看護婦でなければ使用できない医薬品や器具が常備されているとは考えられませんし、仮にこれらの医薬品等が置かれていた場合も、医療従事者の資格を持たない職員等が使用することを前提として置かれていると考えられるため、医師法の観点からも望ましくないことです。また、このような医薬品等を無資格の職員が実際に使用した場合は、医師法違反となるおそれがあります。このため、旅客機内など特殊な例を除き、医師や看護婦が常駐しない場所には、一般の方々が使用できない薬品や器具は備え付けられていません。

 旅客機には医師が乗客として乗っている可能性が極めて高いことが経験的に判明しており、このような医師の資格を持った乗客が利用することを前提に一定の医薬品が搭載されています。これに対して、駅や百貨店では客に医師がいる可能性がとくに高いとは考えられず、またそのようなデータもありません。

 さて、急患にあったときの対応についてですが、医行為に該当しない応急処置であれば、とくに医療関係の資格がなくても、だれでも行うことができます。たとえば、圧迫による止血や副木などを用いた骨折の固定、器具を用いない人工呼吸などの方法は、義務教育課程の中にも含まれていますが、無資格の方がこのような応急処置を行っても、医事に関する法令に抵触するおそれはありません。

 しかし、応急処置の方法等に問題があり、結果的に傷病者が死亡したり、後遺症が残った場合などには、その責任を問われるおそれがあります。

 医行為を行った場合については、無資格者のみならず、看護婦や救急救命士等の資格を持った方であっても、医師の指示を得ずに処置を行えば、医師法に抵触するおそれがあります。ですが、いずれにしても、たまたま急患に出くわした場合などは、通常、反復継続する意思をもって処置を行ったとみなされるおそれが少なく、緊急避難的にやむなく行われたものと判断された場合には、医師法や刑法の罰則がそのまま連用されることはありません。


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