この原稿は救急医療ジャーナル'94第2巻第1号(通巻第5号) 「救急救命法律講座」のページを収載したものです。本シリーズのホームページ収載にご協力をいただ きました厚生省健康制作局に深謝申し上げます。

救急救命法律講座 5


「救急救命士の資格を持つ看護婦。救急救命士と同じように医療機関へ搬送する側と して勤務したい。」

 昨年、救急救命士の国家資格を取得しました。現在、二次救命施設の公的病院に 看護婦として勤務していますが、現場と搬送中の医療行為に取り組んでみたいと思っ ています。可能性があれば、教えて下さい。

 救急救命士の免許取得者の多くは今でも看護婦が占めていますが、そのような看 護婦の方々の多くが同様の疑問をお持ちではないかと思われます。

 看護婦は診療補助行為一般を行うことができるのですが、救急医療のような専門的 な知識を要する分野について、医師の指示の下に特定行為といった高度に専門的かつ 危険性の高い処置を行うためには、さらに救急医療に関する技能・知識を取得するこ とが望ましいとされています。

 このため、看護婦であっても搬送途上において救急救命処置を行うには、原則とし て救急救命士の免許を取得することが望ましいとされています。

 また、厚生省では救急医療に従事する看護婦等の方々を対象に研修を行っており、 この研修を受けることでも同様の技能・知識を身につけることができます。

 さて、このようにして身につけた技能・知識を生かすには、実際に救急現場に出場 しなければならないのですが、現在、救急業務は各自治体の消防署が自ら行っている ため、一般には救急隊員として自治体に採用されるのがもっとも近道です。

 救命救急センター(第三次救急医療施設)の中には患者搬送車が備えられている所 もありますが、病院間の転送にしか用いない所もある一方、医師、看護婦が同乗して 救急出場したり、救急隊が傷病者を搬送する途中に合流して、搬送途上において高度 の処置を行うなど、地元の消防署と連携して積極的に救急医療を行っている救命救急 センターもあります。

 これらはドクターカー制度と呼ばれており、厚生省では患者搬送車の購入に要する 費用や運営費の一部を補助しており、民間病院も対象とされています。

 また、医療機関に勤務する救急救命士が、その医療機関の医師の指示の下に特定行 為を行った場合には診療報酬が請求できるなどさまざまな措置が講じられています。

 実際にドクターカーを常に待機させ、必要に応じて現場に派遣できる体制を整える ことには経済的な困難が伴いますが、搬送途上における医療のより一層の確保を図る ため、今後、この制度を十分に活用していくことが求められています。

 また、近年、患者搬送業務を行う民間事業者が増えつつありますが、現在のところ これらの事業者は、病院間搬送や在宅療法を受けている患者の搬送を行っており、救 急救命士が同乗して特定行為等の救急救命処置を行うことはありません。このため、 真に実力を発揮できる場とはいえないかもしれません。


「気管内挿管ができればと思う患者に出会うことがある。気管内挿管は今後認められ ないか。」  特定行為を行う度に、気管内挿管ができればと考えています。たとえば、食事の 直後にDOAとなった患者で、とくに食事の量が多かったため、CPRをした途端に 大量の嘔吐がありました。吸引に手間取り、思うように特定行為ができませんでした 。気管内挿管が可能なら吐物をあまり気にせずに人工呼吸を行い、搬送できたのでは ないかと思います。今後、気管内挿管を行える可能性はないでしょうか。

 ご承知の通り、救急救命士は、ラリンゲアルマスクまたは食道閉鎖式エアウエ イを用いた気道確保、静脈路確保のための乳酸加リンゲル液の輸液、半自動式除細動 器を用いた除細動の3つの特定行為を、医師の指示の下に行うことができます。

 このような特定行為の内容を含め、救急救命士制度の創設にあたっては、多くの有 識者の方々から意見をいただき、それらを踏まえて法案から通知文書に至るまで策定 されました。

 平成元年9月に救急医療体制検討委員会が設置され、わが国の救急医療体制のあり 方についての議論が行われることとなりました。その中で、受け入れ側の医療施設の 充実の必要性とともに、搬送途上における医療の確保が諸外国に比べ遅れているとの 意見があり、平成2年5月に、救急現場・搬送途上における医療の確保に関する小委 員会が設置されました。

 この小委員会は、平成2年8月、報告書をまとめた後に解散していますが、この報 告書の中で「救急医療に関する専門的な診療補助を行う新たな資格制度の導入につい て検討」するよう指摘されており、これを受けて救急隊員の業務範囲の拡大と新たな 資格制度に関する小委員会が設置され、救急救命士制度の概要について議論されまし た。小委員会は平成2年12月5日に報告書を提出しており、ここでほぼ現在の形の ような特定行為が具体的に示されています。

 このように、特定行為を含む救急救命処置の内容は、有識者の方々の意見等を踏ま えた上で決められました。

 その際、近年の疾病構造の変化を背景として増加している、心肺機能停止状態にあ る傷病者の命を救うために効果的な処置を対象とする一方、個々の行為の危険性、教 育・訓練の内容等と密接に関連することから、日本医師会、関係医学会、救急医療業 務関係者等の意見やモデル事業による臨床実習を踏まえて結論が得られました。気管 内挿管については、これらの検討会等で早い時期から検討されていますが、気管内挿 管を適切に行うためには一定の訓練を要することや、気管内チューブを誤って食道に 挿入した場合、患者を極めて危険な状態に陥れることになることなどから、2千時間 の養成課程を前提とすると、救急救命士がこれを行うことは困難であるとされました 。

 また、今後については、救急救命士制度が発足して間もないこともあり、当面制度 改正が実現することはないと思われますが、いずれにしても、救急救命士制度が普及 し、救急救命士の方々が現行制度の枠内で実績を積み重ねていった上で議論されるべ きではないでしょうか。


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