この原稿は救急医療ジャーナル'93第1巻第1号(通巻第1号)「救急救命法律講座」のページを収載したものです。本シリーズのホームページ収載にご協力をいただ きました厚生省健康制作局に深謝申し上げます。

救急救命法律講座 1


「医師の指導助言なしに医療行為を実施した場合。」

 救急救命士は医師の指示に基づいて特定行為を実施しますが、心肺停止状態の傷病 者に対して半自動式除細動を行う場合、医師に連絡が届くまでに時間がかかり、待機時 間が長くなって処置が遅れる場合があります。やむをえず医師の指導助言なしに重篤傷 病者に除細動を実施した場合は、正当な業務行為として認知されるでしょうか。

 救急救命士は、医師の指示の下に救急救命処置を行うことを業とすることができ る国家資格ですが、ここにいう救急救命処置の中には、一般の救急隊員が行うことがで きるもの、250時間以上の救急業務に関する講習の課程を修了した救急隊員が行うこ とができるもの、及び救急救命士でなければ行ってはならないものが含まれています。

 また、医師の指示については、具体的指示と包括的指示の2種類の指示が含まれてお り、救急救命処置のうち、救急救命士が心肺機能停止状態にある傷病者に対して行う高 度な処置は、観察に基づく全身状態や心電図、聴診器による呼吸の状況などの情報に基 づき、心肺機能停止状態にあると医師が判断し、必要と認め、当該行為を行うよう指示 をした場合にのみ行われるべきものとされています。

 法令を見ると、「救急救命士法第44条第1項」では、救急救命士は、医師の具体的 指示を受けなければ、厚生省令で定める救急救命処置を行ってはならないと規定されて おり、この規定を受けて、「救急救命士法施行規則第21条」にいわゆる特定行為が定 められました。

 具体的には、
 ・半自動式除細動器による除細動
 ・乳酸加リンゲル液を用いた静脈路の確保のための輸液
 ・食道閉鎖式エアウエイ又はラリンゲアルマスクによる気道確保

の3つの処置が規定されています(ただし、「乳酸加リンゲル液」、「食道閉鎖式エ アウエイ」及び「ラリンゲアルマスク」といった薬品や器具は厚生省告示で定められてい ます)。また、「同法第53条第2項」には、この規定に違反した場合、つまり医師 の指 示を受けずに特定行為を行ったときには、20万円以下の罰金に処せられることが定め られています。

 ご質問のケースは、医師の指示を待たないで特定行為を行った場合ですが、これは明 らかに規定に違反するものです。心肺機能停止状態にある傷病者に対する救急救命処置 は、一刻も早く行われる必要がありますが、どのような処置が適切であるかは、専門的 な知識を有する医師の判断を待つ必要があります。

 さらに、救急救命処置は、もともと緊急の場合に行われるものとして定義されており (「救急救命士法第2条第1項」において、救急救命処置は「・・・気道の確保、心拍 の回復その他の処置であって、当該重度傷病者の症状の著しい悪化を防止し、又はその 生命の危険を回避するために緊急に必要なもの」とされている)、緊急の場合などにお ける適用除外の規定が設けられていないことなどから、ご質問のようなケースについて は、正当な救急救命士の業務としては認められません。

 このような事態を回避するためにも、医師との連携はきわめて重要であり、平素から の医療機関と消防部局の協力体制を構築することが必要となります。


「特定医療行為後、患者に障害。家族から責任を問われた。」  救急救命士が医師の指導助言に基づき特定医療行為を実施した結果、除細動実施後 の熱傷や輸液路確保後の上肢の膨張などの障害が起こってしまいました。家族から処置 をめぐる責任を問われたのですが、救急救命士の責任範囲はどのようになりますか。

 救急救命士制度が発足し、最初の救急救命士が誕生してから約1年が経過し、救急 現場における救急救命処置の実績も積み重ねられつつあるようです。

 今までのところ、救急救命士に対し賠償請求の訴訟がなされるなどの事例はないよう ですが、救急救命士が行う高度の救急救命処置は医療補助行為として一定のリスクを伴 うものであるため、制度が普及し、救急救命処置の活躍の場が広がっていくに従い、救 急救命士の業務に関連して事故が発生するなどの事例がみられるかもしれません。

 特に、ご質問のケースのように、救急救命士が医師の指示に基づいて行った救急救命 処置を受けた後、患者の病状がかえって悪化したり後遺症が残った場合に、その責任が 賠償請求訴訟などの形で救急救命士に対して問われる例が、今後発生する可能性があり ます。

 このような場合、症状の悪化や後遺症と救急救命士の行った救急救命処置との間に因 果関係があるのかどうか、また、その救急救命処置を行うに当たり診断や処置内容に誤 りがなかったのかどうかなどについて明確にする必要があります。このような具体的な 行為内容等については、行政庁の調査権が及ぶ範囲外であり、実際に事故が発生し救急 救命処置を受けた傷病者に被害が発生したときに、賠償請求の訴訟などを通じ、法廷に おいて個別事例ごとに明らかになる性格のものです。

 また、被害者に賠償請求権が認められた場合の医師と救急救命士の負担割合について も、個別に裁判を通じて決められるもので、一概には救急救命士に負担義務があるかど うか、また、どの程度の負担義務があるかについては言えません。

 なお、このようなケースで救急救命士に賠償義務が生じた場合に備えて、一部の損害 保険会社では「救急救命士賠償責任保険」を取り扱っています。


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